第7話 スキル
山ゴブリンの村。
ガンザ山の麓では人族と魔族が熾烈な争いをしているはずだが、山頂にあるこの村は静かなものだ。
夜ということもあるが、レンガづくりの家々は作りがしっかりしているために、音が遮断されているのも一役買っているのだろう。
「お前、料理ができたのだな」
簡単に作った野菜と塩漬け肉のスープを見るとクリスがそう呟く。
先ほどまで作っている様子を見ていたはずだが、現物を見るまで私が料理ができることを信じられなかったようだ。
「元奴隷なんだから当たり前でしょ。出来なかったら、腹いせに殴られてすぐにあの世行きだよ」
「そう言えば、お前に料理を趣味でやるという選択肢はなかったのだったな。無理矢理やらされていたにしては出来が良すぎるが、いやいややりつつも、興味が湧いて凝ってたのではないのか?」
「作るご飯が美味けりゃ、発作的にぶち殺そうとするのを踏みとどまらせる要因になるからね。作ってても食べられなくて腹が減るだけのものにのめり込むほど良い印象はないよ」
「人族が奴隷や捕虜に対して扱いが酷いのは知っていたが、食わせない上にすぐ殺すとはな。想像以上に野蛮だな」
「奴隷な上に無職なんだからそんなもんだよ」
「そういえば、そっちはよくわからん太陽の女神アスタロトを信仰するアスタロト教のせいで、無職に対して以上に風当たりが強かったか。弱者が仲良しこよしで、自分より下のものに当たるとは哀れなものだな」
「その最底辺のものに隷属されているお前はどうなるんだよ?」
「グッ!」
人の身の上事情から自分の強さに酔った発言をし始めたため、イラついて突っ込むと、クリスは呻き声を上げる。
相変わらず達者なことを言う割に、以上なほど口喧嘩が弱い。
もはや負けるために振りを振っているようにさえ見えるレベルだ。
そう言えば、こいつ、村に入る前にも大口を叩いていたな。
山ゴブリンが野蛮でなければ、3回回ってワンというだったか。
「そう言えば、3回回ってワンの件まだ不履行だけど、あれだけ和気藹々としてたけどなんだかんだで警戒してるの?」
「白々しい奴め。お前も気づいていただろう。山ゴブリンで私たちを異様に興味深そうに見つめていた細身のやつに」
「あの教会の坊主みたいに頭の固そうな人に気づいてたのか。よく敵意に気づいても長と普通に話せたね」
「自分より弱いと一目見てわかる奴に、怖気など覚えるはずがないだろう」
現金な性格だ。
今までのように隠さずに敵意のことに伝えてきたのは、おおよそ相手方の敵意がクリスに主に向いているからだろう。
あわよくば狙われていると勘違いした私が潰しあっているところを掻っ攫えればと言ったところ。
有り体に言えば漁夫の利を狙っているようだ。
「じゃあ襲撃の時に相手するように命令を出しておくね」
「お前、これは特にそういう意図があったわけではないぞ。それにあれとお前がぶつかりあったところで結果は見えているのだから」
「前科が二つあるのに今更疑わない理由が逆にないじゃない。倒せるっていう根拠はどこから出てくるのよ」
「簡単なことだよ。私が近くにいるからだ」
当然のようにクリスはそう言い放つ。
伊達や酔狂でこんなことを言っているわけではないことはわかる。
根拠としては一番怪しいのはクリスのスキルだが。
あれがクリスだけに作用するものではないということなら、クリスが今言っていることの理屈も通る。
クリスと対峙した時、クリスが弱体化すると同時に私は強化されたということか。
「スキルの影響ってこと? 詳しく教えてくれる?」
詳細を聞き出すためにクリスにそう尋ねると、わずかに窓から赤光が瞬くのが見えた。
明らかに自然に生じるような類の光ではない。
反射で椅子から床に転がる。
見上げると頭上を赤光が通り過ぎて行くのが見えた。
「つまらん」
赤光が横断するかと思うと、クリスはそれを掴んで握りつぶした。
光が消えると突進と共に窓を割って痩身の山ゴブリンが家の中に入ってくる。
「信用のならん、野蛮人どもが」
手から何か大きな種のようなものを投げたかと思うと、ツルのようなものが伸びてクリスに巻き付いた。
何かをクリスの体から吸い取っているのか、緑の光が接触部分から種に送られていく。
「体に力が入らんぞ、なんだこれは」
余裕から一点クリスの表情が焦燥に歪むと、種が光り、無数のツルが中から飛び出た。
「詰みだな。神からの加護を芳醇に受けすぎた自分たちを呪え」
襲撃者の痩身のゴブリンは自らがこの場所を主導権を握ったようにそう呟くと、こちらを凝視した。
「貴様、なぜ加護の力を吸われていない?」
疑問を口にすると、肩に下げた剣を引き抜き、こちらに突きつけてくる。
神の加護などビタ一文もらってないので、吸われるも何も。
吸うものがないのだから、吸える道理がない。
「何事にも例外というものがあるよ。それと剣から出る赤光の奇襲に頼っていたようだけど、どうする? 二つとも通じないとわかっててもまた使うの?」
このまま突っ込まれても避けることしかできない上に、軌道によっては避け損なって体が欠ける可能性があるため、空っぽの威を放って警戒を促す。
細身の山ゴブリンは提示した二つの出来事が実際に起きたことだったこともあり、うまくこちらの誘いに乗ったようで剣を構えたまま動きを止める。
「道具に頼り切りで他に手がないのか、お前、弱いだろ」
「き、貴様!」
強力な装備を使う割に、警戒ばかり大きい山ゴブリンにさらなる揺さぶりをかけると、見る見るうちに緑色の肌が赤くなるのが見えた。
図星らしい。
どれだけ弱いのか、わからないが、私でもなんとか制圧できる程度であれば、嬉しい。
今は虎の子であるクリスが動きを完全に封じられているので、もはや自分で動くしか選択肢がないのだ
素人同然の山ゴブリンの構えから剣士や何やらの武術系統のジョブを持っているのはないだろう。
今この場にあるものを使えばなんとかなる可能性もある。
このまま動かない通りはない。
私の言葉に若干意識を取られている相手に向けて、目の前にある野菜スープの皿を顔面に投げる。
山ゴブリンは反射で剣を振るったようで袈裟に赤光が伸び、中にあるスープが山ゴブリンの顔面にかかる。
まだ熱めな上、塩が目に染みるはずなのでとてもではないが、目を開けたままを維持するのは無理だったようで、痛みに剣を放り、目を抑える。
素人で助かった。
凶器を放ってしまえばこちらのものだ。
食卓を乗り上げ、山ゴブリンのいる目の前まで行くと卓上にある落とした剣を拾い上げ、そのまま刃のない柄の部分で思い切り、相手を殴りつける。
鈍い音がすると防御系のスキルはなかったようで、そのまま山ゴブリンは倒れる。
「結構頑丈そうな見た目の割には意外にあっさりやれたな」
最近ご飯が食べられていなかったために腕力に自信がなかったが、意外な結果だ。
2、3回は殴っても良いだろうと思っていたので、本当に意外だ。
「早くこっちもなんとかしてくれ」
全てが終わったことに若干都合が良過ぎるなと思う気もなくはなかったが、早くクリスを解放した方がこちらとしては良いので、床で不気味に光っている種を踏み潰す。
するとツルが光らなくなり、クリスがツルを引きちぎって拘束から解放される。
「おのれ、奇妙な植物を使いおってどうしてやろうか」
「待って。害するのはまずい。こいつは交渉に使える」
「何? 交渉だと? 狼藉者を見逃すなんぞ逆に舐められて足元を見られるぞ」
「それは魔族のルールでしょ。この村の中には頻繁に小競り合いが起きているような痕跡はなかったし、治安を維持するルールがあるはずだ。それに照らし合わせればこいつがやったことは未遂とはいえ殺しで一番重い」
こちらの説明に対して、クリスは釈然としないながらも考える素振りを見せる。
意見がぶつかり合ったことで、頭に登った血がわずかに下がったのかもしれない。
雑魚認定した相手に手も足も出なかったので腸が煮えくり返っていると思っていたので、少し意外に思うが、クリスが答えを出すまで待つ。
「こいつが交渉に使えかもしれないことはわかった。だがこいつの道具を見る限り、山ゴブリンたちには私を無力化することが可能だ。交渉を持ちかけるにしても策が必要だ」
「策か。あるとしても影響を受けない私が交渉の場に行くことかな。まあそれでも私は非力だからすぐにクリスを呼ぶことになると思うけど」
「今のお前は非力ではない」
「小細工のことを指して言ってる? こいつに使った子供騙しは複数人いればカバーされるし、手慣れている奴はまず最初の時点でかからないよ」
「そうではない。私のスキルでお前は常時強化されてる。先ほどは吸い取られていたから実感はなかったかもしれないがな」
それらしいことは言っていたが、本当のことだろうか。
クリスは嘘つきだが、自分が追い詰められる状況でまでも嘘をつくほど肝の据わっていないことを考えれば本当のことなのだろう。
スキルの範囲がどれくらいなのかはわからないが、その範囲から出なければ普段の状態よりは有利に立ち回れるということか。
「ふーん。スキルの範囲はどれくらいなの。話の流れからして私がクリスから離れても交渉が行えるって話だと思うけど」
「範囲はない。首輪からお前に対してスキルが作用しているのを感じるからな。私に首輪が繋がっている限りはスキルの強化が入るだろう」
「どれくらい強化されるのかはわからないけど、結構便利だね」
試しに食卓を片手で持ち上げようとすると、まるでなんの重みもない羽のように持ち上げられた。
大の男でも片手で投げられるかもしれない。
限界がどれだけか、わからないが身を守るだけならこれだけでも十分だろう。
「これなら交渉時に何か起こったとしてもその場から逃げるくらいすることはできそうだね。クリスはそこで待っておいてくれればいいよ」
私は床で伸びている山ゴブリンの足を持ち、また長の家に足を運ぶことにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます