第5話 ゴブリンの村

「じゃあ、そろそろ行こうか。山ゴブリンの元へ」


 しばらく休憩して体力もある程度回復したと思ったので、クリスに出発するように促す。


「山ゴブリンだと。山にずっと引きこもり続けているあの偏屈ものどもにわざわざ会いに行くというのか」


 クリスは山ゴブリンの名を聞くと露骨に嫌なそうな顔をする。

 魔族にとっては目の上のたんこぶのような存在な上、仲が悪いともっぱらの噂だったが本当のようだ。


「人族にも魔族も頼れないんだから、そりゃ会いに行って受け入れてもらうしかないでしょ」


「受け入れられるほどの知性が奴らにあるのか。高度な文明を持っているといえど所詮はゴブリンだぞ。そこらにいるゴブリンと同じように頭を齧って腹の中に収めようとしようとしてくるかもしれないぞ」


「知性を持っても人族と魔族はいつでも襲いかかってくるし、野蛮さに変わりはないでしょ。むしろ戦場にいる奴らに限れば、魔物よりも野蛮さは上だよ。会ってみればよっぽど知性が高いかもしれない」


「ふん。貴様の言うように理知的な生き物だったら3回まわってワンと言ってやろう。今から条件付きの命令で刻んどいてくれ」


 馬鹿馬鹿しい命令だが。

 本人立っての希望ということで刻んでおく。


 ーーー


 あらかじめ人族側では魔族側を蹴散らした後に、山ゴブリンを排除して、山の潤沢な資源を確保しようという作戦を練っていたので、白翼騎士団が壊滅状態であるが、まだ二大主力である白竜騎士団、蒼炎騎士団が残っているのでここから立て直す可能性も十二分に考えられるので、遭遇する可能性を考慮してクリスに移動を任せた。


 おおよそ私の足では二日ほどかけなければならなかった山道をものの十分もかからずに登っていく。

 敵がいない状態でおそらくスキルのサポートを受けていないはずだが、それでもよほどステータスが高いようだ。

 これほどまでに能力値の高い魔人がスキルで私よりも非力にもなるのだから、クリスのスキルは諸刃の剣と言わざるを得ない。


 そういえば、クリスは私と一緒にいるのにステータスが自らのスキルの影響を受けて、貧弱になっていない。

 クリスはスキルを開示しないのでわからないが、対象の指定でクリスの主人となっている私は例外になっているか、それともこの装飾の派手な弱者の首輪の効果かもしれない。

 先の戦いでも白翼騎士団を恐慌に陥る際に弱者の首輪をつけているのは、格好がつかないなと思ったと同時に姿を消したのだ。

 戻るかどうか疑問に思い移動途中に念じてみると弱者の首輪はその宝石をあしらったド派手な姿をまた表したが。


 ド派手な姿からこの弱者の首輪が普通のものと同じようものではないことはわかっていたが、実際に主人側になってみるとできることが思ったより想像よりも多い。

 と言うよりも本来の魔道具である弱者の首輪にはついていない機能が多く付属している。

 もしかしたら、魔道具の類ではなく、神が作ったとされるダンジョン遺物の一つかもしれない。


 金は取られるが、どこかで鑑定にかけるのも手かもしれない。

 それで一気に知らなかった機能がわかり、使えるようになればめっけものだし。

 いつぞや、この状況に一区切りついて、売りに出す時に鑑定の証明書があればその後の手続きが非常にスムーズに進む。


「あれが入口か。畜生だが技術力は立派なようだな」


 取らぬ狸の皮算用をしていると入り口に辿り着いたようで、クリスが大きな鉄製の門を見ながら悪態をつく。

 これほどの作れるものは王都にもいなかったことを考えると、門作成の技術力ならば人族を大きく超えている可能性が大きい。

 頑丈な門を用意してあると言うことは、攻めてきた敵を攻撃せずに籠城する選択肢もあると言うことだ。

 魔族軍の領地の門はハリボテのようなものが多く、大概門を突き破って襲いかかってくるような最初から迎撃ありきのものが多い。

 魔族不可侵の女神の結界があることを背景に足繁く魔族領に攻め入る人族が愚かなことは間違いないし、私個人としても生きるために至極適切な対応を魔族はとっているように思えるが、クリスが提示した野蛮さという基準に照らし合わせれば同じようなものだろう。


「今までで見ないところに力を入れてるね。人族には山ゴブリンについての情報が、山に引きこもってる魔物くらいしかないからどういう意図でこれに力を入れてるかはまだわからないけれども」


「人族どもはろくな情報も集めずにこのデガン山を攻略しようとしていたのか。我々魔族が攻略を諦めている山にわざわざ踏み入るわけだ」


「それについては同感だね。女神の加護に当てられた無謀な自信家が多すぎる」


 クリスと人族の杜撰さについて話していると、影が差したようで周りが若干暗くなる。

 見上げると緑色の肌をした恰幅のいい男が門の上からこちらを見ていた。


「貴様ら、ここになんのようだ?」


「個人として同盟を結びたい」


「同盟だと?」


 緑色の肌をした男ーーおおよそ山ゴブリンだろうその男は驚いた顔をすると「しばし、待たれよ」といいその場から姿が消える。

 大声で話す声が門の向こう側から聞こえると、門が内から開き、王直属の近衛騎士団のような重装備を着た山ゴブリンたちの一団が見たこともない剣や槍を突きつけながらこちらを出迎えた。

 全員恰幅がよく、人族の大人の1.5倍は大きいように感じる。

 ゴブリンというのは大概小柄で身長が人間の半分ほどしかなく、鷲鼻にとんがり耳、禿頭の緑色の魔物だが、目の前にいるゴブリンの一種とされている山ゴブリンは緑色である以外は特徴が被っていない。

 むしろトンガリ耳ではなく丸みを帯びた人族のような耳に、鼻流の通った綺麗な鼻を見ると人族に酷似している。


「入れ。長が話を聞くということだ」


 山ゴブリンの一人がこちらに向けて、催促するかと思うと剣や槍を突きつけられた状態で山ゴブリンたちの住む集落の中に通された。


 ーーー


 小綺麗に作られたバリ一つない大理石の家々が並ぶ通りを歩いていくと、こじんまりとした木の小屋が見えてきた。

 周りのものが華美であるために小屋がより貧相に見える。

 進行方向からしてあれが長の家だろうが、その身分に似つかわしくない質素だ。

 それに体格のいい山ゴブリンにはあの小屋はあまりにも窮屈なように思える。

 屋根がちょうど人族の男が入れるギリギリの大きさなので、目の前にいる山ゴブリンの男女たちであれば確実に頭が屋根から飛び出る。

 何事にも例外があるが、まるで長がいると言われる場所だけ世界が違うような気がする。


「長、連れてきました」


「ご苦労さん。さあさ、家の中に上がってくだされ」


 門にいたゴブリンの男が扉を開けると、中に入っていく。


「客人さまがた。初めまして、儂がこの村の村長のルイナです。ごゆるりと話を伺いましょうぞ」


 やはりというべきか、中には屈強な山ゴブリンではなく、人族の老婆がいた。

 身長が驚くべきほど小さく生育不良で同い年の子供より小柄な私の胸の高さほどしかない。

 人族ではあるのだが山ゴブリンよりこちらの老婆の方がよほどのことゴブリンに見える。


「人族のお前がこの集落を率いているのか?」


「おお、貴方様は地に名を轟かせている美脚のクリス殿! その通りにございます。ご慧眼にこのババア感激しましたぞ!」


「フ、ババア、話がわかるではないか」


「こちらの茶をどうぞ」


「うむ。うま……」


 クリスが勧められるがままにルイナが渡された茶を飲もうとしたので、飲み込まないように命令を出す。

 必然的にクリスは茶を口に含んだまま喋れなくなった。

 口に含んだままでも平気なところを見ると毒物は入ってなかったようだ。

 権力者だというのにどうしてここまで警戒心がないのだろうか、よくここまで生きて来れたものだ。


「あれまあ!」


「どういう意図があるのか、わからないけどいきなり茶を飲ませる誤解を招きかねないと思うけど」


「お嬢ちゃん賢いみたいだのう。茶を飲むことは要求を全て飲み込むという意味を知っとるのか」


 わざとらしい態度から一変、ひどく感心したような様子でルイナは目を細める。

 年長者ゆえに面倒見がいいのか、ただこちらを侮って余裕の態度を見せつけているのか、わからないが捉え所がなく、少しやりづらい。


「それくらいはイスタリア王国にいるときにいやでも経験してるから」


「ほう、その年で腹黒い大人どもと腹芸をしてきたというのか、たくましいことこの上ないな」


「そういうお世辞はいいから、なんのために私たちをわざわざここまで迎え入れたの?」


「ほほ、若いものはせっかちじゃの。世間話も捨てたものではないというのに一足飛びに本題に入りたがるのじゃから」


 ニヤニヤ笑いながらルイナは背を背けると、目の前にある椅子が一人でに動いて座面をこちらに向ける。


「う! うん!」


 おあつらえ向きなのに否定してもしょうがないので、そのまま座ろうかと思うと、クリスが抗議のうめきをあげたので、飲むなという命令を解除する。


「窒息するかと思ったぞ」


 飲み込んだクリスが大きく息を吸い込むと隣に座る。

 元はと言えばクリスの不用心さが原因なのだが。

 注意してもらいたいことだが、今言ってもしょうがないのでルイナに視線を戻す。


「儂がなんでお主らをここまで通したかの説明だったな、確か」


 ルイナは茶を私とルイナ本人の分の二つを机に配膳すると、同じように席に座る


「特に深い意味はない。今現在、人族、魔族両者が攻め込んでこようとしているから、人手が足りんのだよ。だからこそ、友誼を結んで手を貸して欲しいというだけじゃ」


 確かに精強そうな山ゴブリンたちがいるとはいえ、数は少ないので手を貸してくれと言うのはわからなくもない。

 戦においては特に数がものを言うのだ。

 できれは確保してしておきたいということは想像に難くない。


「お主らも見た感じ、二人とも奴隷といった感じでこちらに受け入れてもらえねば困るのではないか? 持ちつ持たれつといったいい感じの関係が構築できそうだからお主らをここまで呼んだんじゃよ」


 もうすでにこちらがしてほしいことも把握しているのか。

 山の中に引きこもって、魔族のどことも交流もないと聞いていたが、存外に聡い。

 今はギブアンドテイクでお互いに利がある状況に持って行けそうだがらいいが、敵になったらかなりめんどくさそうだ。


「そこまでわかってるなら話は早いね。こっちも人族側にも魔族側も敵だから」


「ほう。こちらと全く同じ状況じゃな。手を組むのが一番生産的だということが阿呆でもよくわかる。クリス様はどうかの?」


「まあ今はそれでいいだろう」


「不服があるようじゃが。娘との間にあるその繋がりではどうにもならんようだの」


 魔導士系の職業を与えられて、魔術的な繋がりが見えるのか、ルイナは私とクリスとの繋がりについて看破する。

 自分の恥のような状況を言い当てられ、気分を害したのか、クリスは半眼になり、そっぽを向いた。


「出歯が目癖のある食えんババアだ。自由を取り戻したら天井のシミしてやろう」


「おお! 恐ろしや! まだ死にとうありませんぞ!」


 顔に手を添えて大袈裟な口ぶりで驚くと、ルイナは台所に向かって、菓子をとってくる。

 特に大々的に住むという宣言もなく、余っている家に住んでいいと言う大雑把な村での取り決めについて話すと今日は解散となった。


 



 

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