第162話 俺の自慢の宝石たち

 「――朝日向さん。是非我が社とグループ契約を結んで頂戴」


口端に柔和な笑みを浮かべて、佐江木さえき社長は静かに右手を差し出した。だが俺はその手に答えられず、狼狽うろたえるばかりだった。


「ちょ、ちょっと待って下さい。社長は俺のことを見限ってたんじゃ……」

「あら、どうしてそう思うの?」

「だって、『従業員は家族じゃない』って」

「確かにその点は貴方と意見を違えるわね。貴方は私と同じタイプの経営者だと思っていただけに正直言うと残念だったわ。でもそれは飽くまで考え方の違い。私がグループへの参入を見極めるのはそこじゃない」


疑問符を頭の上に浮かべ尋ね返せば、佐江木社長はゆっくりと頷いてから真っ直ぐに俺を見つめた。


 「私が確かめたいのは、『薬局みせを続けたい』という想い。その強さよ」

「……え?」


俺は呆けた面で尋ね返した。聞き取れなかったわけじゃない。聞こえなかったわけでもない。ただ社長の言葉の意味を推し量れず、頓狂な声を漏らすより他に無かった。


 「理由なんて何でもいいのよ。ただ『続けたい』という想いさえあれば。だからもし貴方が『イザとなったら従業員と共倒れします』『店よりも従業員を優先します』なんて言おうものなら、契約の話は流すつもりだったわ。いずれ店を辞めようと考えている経営者と一緒に事業なんて出来ないから」


その瞬間、ようやくと合点がいった。多くの人間は家族を切り捨てたりしない。仕事と天秤に掛けたとき、まず間違いなく家族を選ぶだろう。だから社長は『残念だ』と吐露したんだ。


 「薬局に限らずどんな仕事であっても、余程の運や才覚に恵まれていない限り事業主は全身全霊で経営に取り組む必要があるわ。その起爆剤となるのが『会社を潰したくない』『大きくしたい』という欲望よ。

 上っ面だけの言葉には何の意味も無いわ。以前にも言ったけれど私は自然体の……貴方自身の言葉が聞きたかったの。これから一緒に成長しようというのに、腹を割って話せない人とは経営なんてやっていけないから」


眉をひそめて微笑みながら、社長は小さく肩をすくめた。


 「だけど貴方は本心を打ち明けてくれた。なんの混じり気も無い純粋な貴方の本音。やっぱり貴方は私の見込んだ通りの経営者だったわ。改めてこれから宜しくね、朝日向


差し出された右手が半歩分だけ迫り出した。年齢を感じさせない美しい指先が、導くように俺へ向けられている。


「よ……よろしくお願いします!」


声を高く、包みこむよう両手で応えた。

 狭い店内はワッと活気立って、さくら達は歓喜に湧いた。まるで受験に合格した時みたく、皆は涙を浮かべて俺を抱き締めた。

 

「ところで、一個だけ聞いていいですか?」


喜び燥ぐ皆を宥めて、俺は社長を振り返った。


 「ええ勿論。一つと言わず幾らでも構わないわ」

「『キングファーマシー』ってなんだかディスカウントストアみたいなイメージですけど、由来や意味があるんですか?」

「そ、それは……」


先程まで堂々とした態度とは打って変わって、社長は頬を赤く口籠りモジモジと手遊びを始める。


 「わ、若い頃の……私の渾名あだな

「アダ名?」


オウム返しに聞き返すと、社長は一層と肩を縮ませ頷き応えた。


 「今の会社を作るより、ずっと前の話よ! 当時好きだった男性ひとが、私のことを『キング』って呼んでいたから……」

「可愛いっ! 思い出のアダ名を社名にするとか、乙女ですね社長!」

「い、いいじゃない別にっ!」


顔を真っ赤に染め上げて、社長は感情を露にした。今までの冷静な振る舞いとは真逆な子供っぽい姿に、思わず吹き出してしまう。

 余程恥ずかしいのか、「コホン」と一つ小さな咳をして照れ臭さを隠す。


 「それにしても、貴方の店の従業員は本当に綺麗な宝石ひとばかりね」


泉希みずき、アイちゃん、火乃香ほのか、さくらを見遣って社長は呆れ声に呟いた。

 俺は皆の肩を抱き寄せ、佐江木社長よろしく自信たっぷりに胸を張った。


「何も持ってない俺の、唯一の財産です!」




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


ついにキングファーマシーとのFC契約を結べる事になったわね。でもまだスタート地点に立ったばかりよ。足元を掬われなければ良いんだけど……。

 因みに佐江木社長の好きな人というのは、今は他の女性と結婚して仲睦まじく暮らしているそうよ。

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