第161話 覚悟ならあります

 「――残念だわ、朝日向あさひなさん。貴方には私と同じ匂いを感じていたのだけれど……私の見込み違いだったのかしら」


溜め息まじりで然も『期待外れ』と言わんばかりに、佐江木さえき社長は自身の片頬に手を置いた。明らさまに見下すような態度に俺は怒りの炎が灯すも、ぐっと堪えて呼吸を整えた。


「それは一体……どういう意味でしょうか」


出来る限りの平静を保ち尋ね返せば、佐江木社長は細く美しい足を組んだ。わずかに開いたスカートと足の隙間に、俺の視線は思わず後を追う。

 けれど理性をフル稼働させて、俺は社長の言葉と表情に意識を戻した。


 「従業員を『家族』と呼ぶ経営者は二流三流よ。薬局だって慈善事業ではないのだから利益の追求が求められるわ。時には従業員を厳しく指導しなければならないし、冷たい決断も求められる。従業員を大好きとのたまう貴方に、その覚悟はあるのかしら」

「……っ!」


理路整然と並べられる正論。そして威圧的とも思える眼力に、俺は言葉を押し込められたように怯んでしまった。


「覚悟なら……あります」


だが拳を握り奥歯を噛みしめ、狭まる喉の奥から声を絞り出す。社長は眉ひとつ動かさず射殺すような目で俺を睨み返した。


 「なら、イザと言う時は薬局かいしゃを優先して従業員は切り捨てるのね」

「……それは出来ません」


打って変わって反した回答をする俺に、社長は怪訝そうな顔で目を見開いた。


「俺は絶対に従業員を切り捨てたりしません。もし当人の意志とは無関係に解雇するような状況に陥ったなら、俺は何を犠牲にしても抵抗します」

「そう。なら貴方は、何を犠牲にするというの?」

「……俺の全てです」


品定めをするかのような社長の言動に、拳を広げて自分の胸に触れ当てた。


「労力だろうと時間だろうと健康だろうと惜しみはしません。この命を懸けて、俺が信じる彼女達アイツらと一緒に店を守り抜きます」


一度として視線を逸らすことなく、俺はハッキリと断言してみせた。本当は『金』も加えたかったが、懸けられる程の資産なんて俺には無いからな。


 ――ガタガタッ。


と、その時。店の外からなにやら物音が聞こえた。

 何かと思い振り返った瞬間。電源を落としたはずの自動ドアが開かれて、ウチの従業員がなだれ込むよう乱入してきた。


「お、お前ら何やってんだ!? 帰ったんじゃないのかよ!」

「せ、せんぱぁ〜〜〜い!」


イの一番に店の中へ飛び込んできたさくらが、豪快に鼻水を垂らし泣きじゃくる面で抱きついた。


「ちょっ、なにやってんだ!」

「私も朝日向先輩のことが大好きですう~! 一生ついていきます~! お墓まで御一緒します〜!」


俺の胸板にグリグリと顔を押し付け、一着しかないスーツに鼻水を擦り付ける。


 「ちょっと待って! なに突拍子も無く結婚宣言みたいな真似してるの! 私だって兄貴のこと大好きなんだから! 結婚するなら若くてピチピチな私が良いと思う! 血も繋がってないんだし!」

『年齢を言うのであれば私は製造から4年ほどしか経過していません。なにより私は名実ともに朝日向店長の所有物です。生涯の伴侶にも適任かと』


俺を取り囲むように皆が集まり、喧々諤々けんけんがくがくと思い思いの丈をぶつけてくる。TPOを知らないのかウチの従業員おバカ達は。


「とにかく外に出てなさい! 今は大事な仕事の話をしてる途中で――」

「構わないわ。もうこれ以上話すことはないもの」


慌てふためく俺に反して、佐江木社長は努めて冷静に言葉を遮った。見限るようなその口調が俺の背筋をゾクリと冷やす。

 ネガティブなイメージが頭を駆け巡る中、社長はおもむろに腰をあげ俺の眼前に立つ。

 

 「朝日向さん。是非とも我が社とグループ契約を結んで頂戴」


そして静かに、右手を差し出した。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


い、一体どういうことかしら。当初は「残念」と言って悠陽を見限るような振舞いをしていたのに……社長は何を考えているのかしら。

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