第160話 一番輝ける場所

 前回のビデオ会議から10日ほど経った土曜日。俺は再びスーツ姿で出勤した。

 可愛いメイド型AIVISアイヴィスを連れる長瀬カズキ君を見送って間もなく、俺はたゆね様に連絡を取り佐江木さえき社長との再会談を願い出た。


 『本当に良いのかい? もしまた御破算になろうものなら、今度こそFC契約の話は流れるよ』


神妙な声に一瞬だけたじろぐも、「構いません」と力を込めて答えた。

 覚悟は既に出来ている。『次は絶対に大丈夫だ』なんて確信は無いし、社長の言葉の真意もまだ理解しきれていない。


 だけど、それでいい。


 もちろんキングファーマシーの傘下に加わることが第一目標だ。けれど再びNGを出されたのなら、俺達の縁はその程度というだけの話だから。


 なんてことを考えているうちに、いよいよ佐江木社長との会談の時間が迫ってきた。今回は料亭などではなく、直接ウチにお越し下さるとのこと。すぐ近くにある本店に用があるからと、わざわざ御足労いただけるようだ。


 業務を終え泉希みずきたちが退勤したのを見送り、俺は一人で薬局に残った。

 孤独に受付に座り待っていると、電源を落としている自動ドアがノックされた。磨りガラスの向こうに、ぼんやりと人影が見える。

 

 「こんにちは、朝日向あさひなさん」


動かない自動ドアを手ずから開けると、佐江木社長が一人立っていた。たゆね様は都合が悪いらしく、今回は社長と一対一での対談なのだ。


「お疲れ様です、佐江木社長。今日はお忙しい中、御足労頂き有難うございます」

「こちらこそお誘い有難う。以前から貴方の薬局を見てみたかったから、グッドタイミングだったわ」


決して崩れることのない笑みを浮かべて、鮮やかな翡翠みどり色のスーツに身を包む佐江木社長は静かに店内を見回した。


 「素敵なお店ね。清掃も行き届いて、薬局らしい清潔感があって」

「恐れ入ります。どうぞ、こちらに」


待合室のベンチを掌で示せば、社長は「有難う」と淑やかに腰を下ろした。

 俺も対面の椅子に腰掛け、僅か1メートルの距離に互いを見据える。膝上丈のスカートから覗く黒いストッキングに一瞬目が奪われそうになった。


 「前置きは、もう必要ないわね」

「……はい」

「なら早速聞かせてもらうわ。朝日向さん、貴方は何のために調剤薬局を運営しているのかしら?」


有無を言わさない速攻。醸し出されるオーラに一瞬怯みそうになるも、俺は下腹に力を込めて真っ直ぐに社長の眼を見返す。


「従業員の皆が……アイツらが好きだからです」


瞬間、ピクリと社長の眉が動いた。冷たい汗が背中に滲んで、社長の心意を測ろうと思考が駆け巡る。

 だけど「ふう」と大きく息を吐いて、余計な考えは全て遮断した。


「僕は……俺はアイツらが大好きなんです。アイツらと離れたくないし、これからも一緒に働いていきたい。薬剤師免許も持ってない俺が調剤薬局なんて運営している理由は、全てそこにあります」


見栄や建前のフィルターを通さない、腹の底から湧き出た想い。おかげで言葉は粗雑に、文脈も何もあったものじゃない。

 だが佐江木社長には伝わったようで、彼女は「なるほどね」と呟きながら動かない自動ドアに目線を向けた。


 「でも働くだけなら別に調剤薬局でなくてもいいんじゃない。飲食でも販売でも、居場所を与えるだけなら方法は幾らでもあるわ」

「確かにウチの従業員なら、飲食や販売……どんな仕事でもやっていけると思います。だけど、それは俺がイヤなんです」

「どうして?」

「調剤薬局という仕事……いえ、この店だからこそ彼女達はどこよりも輝いて居られるからです」


言いながら俺は店の天井に視線を向けた。LEDの白い光が降り注ぐように俺と社長を照らしている。


「俺は綺麗な女性が大好きです。容姿や心の美しさもそうですけど、その人が活き活きと自信に溢れている姿が好きなんです。この薬局で働いてるのは、そんな綺麗な子ばかりなんです。だから俺は、この場所を失いたくない」


白い光を受け止めるように、俺は掌を上に向けた。心なしか、手の中に泉希達の顔が浮かんで見えた。


「それに飲食や販売じゃあ、ナンパ目的の男性客も来るでしょ? そんな光景を目の当たりにしたら、嫉妬深い俺は怒り狂っちゃいます」


痒くも無い頬を掻きながら、俺は「ははは」と乾いた笑みを浮かべた。だけどすぐさま真顔に戻って、眼光鋭い佐江木社長を見つめた。


「俺はアイツらが大好きだから、アイツらを本当の家族のように想っているから……叶う事ならずっと一緒にこの店で働きたい。

 そのためにもキングファーマシーさんの後ろ盾がほしいんです。だからお願いします。この店を傘下に加えて下さい」


ゆっくりと、だが目一杯に深く俺は頭を下げた。

 数秒か数分か。言葉に出来ない沈黙が続く。

 握りしめた拳の中に、じわりと汗が浮かんだ。

 その直後。


 「……残念だわ」


伏せた頭の向こうから、諦めにも似た声が響いた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


悠陽が自分を「嫉妬深い」と言っていたけど、確かに羽鐘さんが卸会社の配送員さんにデートを申し込まれた時も尾行していたし、火乃香ちゃんがバイト先のカフェでセクハラを受けていると分かった時も脅迫じみた追い詰め方をしていたわね。どちらかと言うと「情緒不安定」な気もするけれど。




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