第163話 なんだかまたややこしい事になりそうだ part2
だけど今はまだ合格ラインに立った段階。
「貴方のお店はまだ切羽詰まっているいるわけでもないのだし、話はゆっくり進めていきましょう。聞けば休院されていたお隣の小児科さんが、もう間もなく復帰されるそうじゃない」
そう言って社長は店を後にされた。帰り際に『何かあればいつでも頼っていいから。私も貴方を頼ることがあるだろうし』と言ってくれた。
きっとその言葉は社交辞令だろうし、俺が力になれることなんて
颯爽と立ち去る彼女の後ろ姿を、朝日向調剤薬局の従業員一同は深々と頭を下げて見送った。
「無事にフランチャイズできたんだし、お祝いしようよ、お祝い!」
「それは名案ですね! レッツバーリーです!」
『ならば買い出しに参りましょう』
「じゃあ俺は店を閉めていくから、先に帰って準備しといてくれ」
とはいえ折角のお祝い気分に水を差すわけにもいかず、意気揚々と燥ぐ火乃香たちを見送り、待合室のベンチに腰を降ろした。
「
すると直後、店の外からひょっこりと泉希が顔を覗かせた。俺の隣に腰かければ、「お疲れ様」と缶珈琲を寄越してくれた。
「ありがと。お前は皆と行かないのか?」
「まぁね。買い出しに4人も要らないでしょ」
「それもそうか」
温かい缶珈琲をチビリと口に含めば、浅い苦みと香りが口一杯に広がった。疲れた体へ染み込んでいくように。
「良かったわね、FC契約も無事にいきそうで」
「お前のおかげだよ泉希。お前に背中を押して貰わなきゃ、こうはならなかった」
「そんなことないわ。今回の件で貴方は経営者として一皮剥けたと思う。だから社長さんにも認められたんだと思うわ。もっと自信を持って良いんじゃない?」
仕方ないと言った風に泉希は小さく肩を竦めた。照れ隠しっぽい振る舞いに、思わず笑みが漏れる。
「本当、お前が恋人で良かったよ」
「その割には『綺麗な女の子が好き』とか『従業員は全員俺の家族』とか言ってたわね。恋人としては正直複雑よ」
「フンッ」と突っけんどんに鼻を鳴らして、泉希は溜め息混じりに俺を睨めつけた。背中に冷たい汗を感じながら、俺は缶珈琲で自分の口を塞いだ。
「……まあでも、それが貴方だし。
「うっ……」
「でも、そんな貴方とこの
打って変わって柔和な微笑を浮かべ、泉希はズイと顔を近付けた。目尻の吊り上がった大きな瞳に驚く俺の姿が映し出される。
「だからこれからも頑張ってよね、バカ店長!」
そんな俺の鼻先をツンと指先で突つけば、泉希は頬を桜色に染めてはにかんだ。
その愛らしい姿に俺の心臓はドクンと高鳴って、次の瞬間には彼女の細い肩を抱き締めていた。
「泉希……!」
昂る衝動が熱と変わり視線で彼女を捉える。
それが泉希にも伝わったか、彼女は恥じらいながらもそっと瞳を閉じた。
閉じた瞼と
俺は彼女の肩を掴んだまま静かに顔を寄せた。
――コン、コンッ。
だが二人の唇が触れる寸前。閉じられた自動ドアが軽快にノックされた。
キスまであと数㎝というところ、俺と泉希はハッと身体を離しドアの方を見遣った。摺りガラスの向こうに、薄らぼんやりと人影が見える。
『夜分に失礼致します。隣にある小児科医院の者ですが、灯りが点いておりましたので御挨拶に参りました』
くぐもった声がガラス越しに響いた。澄んだ声音と冷然とした口調から察するに、若い女性のようだ。突然の来訪に俺と泉希は顔を見合わせた。
「お隣のドクターって、男性よね」
「ああ。もうかなりの御高齢だよ。病院を休まれてたのも体調を崩されたからだし」
「じゃあ、いま表に居らしてるのは看護師さんか受付さんかしら」
「どうだろう……取り敢えず、出てみるか」
そうして開かない自動ドアを手ずから開けば、そこに居たのはドクターでも看護師でもなく――若く美しいメイドだった。
『お初お目にかかります。来月より隣の小児科に勤務致しますので、ご挨拶に参りました』
熱の無い表情と抑揚の無い声で以て、女性は微動だにせず俺へ告げた。
なんだか、またややこしい事になりそうだ……。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
ようやくFC契約が結ばれて、来月にはお隣の小児科さんが復帰されて一件落着かと思いきや、病院にメイドさんだなんて。それにもしかすると彼女は……朝日向調剤薬局のドタバタ劇は、まだ終わりそうにないわね!!
……というか私、いつになったら悠陽と結ばれるのかしら。
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