第158話 何度も練習した台詞
どうやら先方が忙しいらしく、今回は直接会って話をすることが出来ないらしい。そこで今回はオンラインによるビデオ
「……問題ありません。社長と話が出来るなら」
少しだけ嘘を吐いた。本当は直接会って
たゆね様は『それじゃあ通話アプリのインストールをしておいてね。会議は私から招待するよ』と告げ、後日には案内のメッセージを送ってくれた。
◇◇◇
あっという間に約束の日が訪れた。
佐江木社長とのオンライン会談に備えて、俺は今日も慣れないスーツを身に纏う。
今回の会談は木曜日の昼に設定された。俺と先方の都合が合う直近の日がそこしか無かったらしい。
午前中の業務を終え、俺は薬局二階の事務所でノートPCを開いて会談に備えた。まだ始まってすらいないのに、もう緊張で全身が震えやがる。
オンラインは相手の姿を直接見れないせいで、相手の雰囲気や些細な口調の変化を感じ取れない。ほんの僅かな言葉のミスが致命傷にすら成り兼ねないのだから。
――ポンッ。
と、PCの画面に会議の招待がポップアップした。震える指先で【通話】アイコンをクリックすれば、ウィンドウにたゆね様の姿が映し出された。
『こんにちは、店長さん。お疲れ様』
「こ、こんにちは。お疲れ様です」
『ははは。前にも言ったけど、そう緊張しないでも大丈夫だよ。社長も間もなく参加するだろうから、もう少し待ってね』
「あ、はい。分かりました……」
言葉通り、数分も経たないうちに社長も会議に参加された。メイン画面の横に佐江木社長の姿が小さく映し出されている。
『ごめんなさい、お待たせしてしまって』
『いや、こちらも今入った所ですよ。それじゃあ
言うと同時に画面が切り替わって、佐江木社長の姿がメイン画面に表示された。
『こんにちは、
「い、いえ。とでもないです。こちらこそお忙しいなか、貴重な御時間をありがとうございます。本日は宜しくお願いします」
まるで面接でも受けているかのような口振り。自分でも変だと思うけど、他に上手い文句も見つからなかった。
『では早速本題に入ろう。佐江木社長にも既に説明はしているけれど、今日は先日話題に上がったFC契約について朝日向店長がもう一度話を伺いたいらしい。間違いないかな?』
「はい」
『では
画面の向こうに映るたゆね様に問われ、俺はゴクリと喉を鳴らした。
「……はい、間違いありません」
額に汗を浮かべて、震える声で俺は答えた。画面に映る佐江木社長も真っ直ぐに俺を見つめている。
「僕……いえ、私はキングファーマシー様とFC契約を結び子会社として御社の一端に加わりたいと考えています」
まるで他人行儀に、それこそ台本を読む大根役者みたく俺は慣れない言葉を並べた。この数日に無い知恵を絞って考えた言葉だ。
その努力が功を奏したか、社長は満足気に大きく頷いた。以前の会食とは明らかに違う反応……今回は俺も土俵に上がれたという事か。
『有難う朝日向さん。そう言って頂けてとても嬉しいわ。私も以前から貴方の運営する薬局に強い魅力を感じていたの』
「それじゃあ――」
『ただ、その前に一つだけ聞かせてちょうだい』
画面越しでも分かる堂々たる振舞い。佐江木社長は口端に薄い笑みを浮かべ、まるで目の前にいるかのように俺を見据える。
『朝日向さん、貴方は何のために調剤薬局を運営しているのかしら?』
「……っ!」
以前に問われたのと全く同じ質問。俺は思わず息を呑んだ。
驚いたのは事実だが、想定の範囲内だ。またこの質問をされても良いよう、答えは既に考えている。
俺はひとつ深呼吸して、画面の向こうに居る社長をキリッと見つめ返した。
「私も佐江木社長と同じく、従業員を第一に考えているからです。患者様へのホスピタリティは大前提ですし近隣病院との連携なども重要ですが、やはり従業員の人生を預かっているだけに会社を潰すわけにはいきません。
その点に佐江木社長と……御社との親和性を感じ兼ねてより思案していたFC化を御社にお願いしようと思い本日はお時間を頂戴しました。
もしも弊社との御縁を頂ければ、私は
『親和性』だの『キャリア』だのと、自分でも意味の分からない言葉をそれっぽく並べてみせる。社会人として経営者として、社長と対等に話ができるように、この数日で何度も練習していた。
『ありがとう朝日向さん。貴方のFC化に対する心意気が伝わってきたわ』
佐江木社長も柔和に微笑み返してくれた。これは手応えありだろう。俺は安堵に胸を撫で下ろした。
『でも御免なさい。御社をウチのグループに迎え入れることは出来ないわ』
「……え?」
けれど突き返された言葉に、俺は足の裏から全身の血が抜け落ちていくような感覚に見舞われた。
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てっきり佐江木社長が店舗拡大のために悠陽に話を持ち掛けてきたのかと思ったけど、まさか断られるだなんて……社長は一体何を考えているのかしら。
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