第157話 もう一度会えますか

 『――では、佐江木さえき社長には私からアポイントを取っておくよ』

「……お願いします」


神妙な面持ちのまま、俺は携帯電話の終話ボタンを押した。掌サイズの小さな画面には【片桐かたぎりたゆね】と表示されている。


 シオンモールで泉希みずきとデートをしてから、ちょうど1週間が経過した。

 その間に意思を固めた俺は、改めて「佐江木社長とまた会って話がしたい」とたゆね様に嘆願した。


 理由はもちろん、FCフランチャイズ契約についてだ。


 アイちゃんの買収騒動の時、俺は「薬剤師免許を持つ泉希なら食いっぱぐれることはないだろうし、火乃香ほのかも成人すれば一人で立派にやっていける」と考えていた。

 その考えは今も変わらない。

 さくらにしてもそうだ。今は薬学の知識をすべて失くしているけれど、数年もウチで働いていればまた一人前に戻れると。


 だけど現実は、そう上手くいかない。


 時代は刻々と変化するもの。資格がいつ使い物にならなくなるか分からないし、なにより働けるかは別の問題だ。

 以前の俺はそれを失念していた。あの時はそこまで気が回らないほどに切羽詰まっていたというのもあるけれど。


 でも泉希が教えてくれた。

 

 俺の大切な皆が笑顔で働くためにも、この薬局は存続させたい。

 それは皆の為でもあり、俺自身の願いでもある。

 この店は俺にとって、同じ母親から生まれた兄弟みたいなものだから。

 とはいえ俺の拙い手腕で、このまま不安定な経営を続けていく訳にはいかない。門前医院に依存するだけで何の手立ても無い現状では、皆の居場所を守ることなんて出来やしない。

 近い将来、門前の小児科や整形外科は間違いなくドクターが引退される。その時に何の縁故も無い俺が、後継のドクターを誘致してくるなんて事は奇跡でも起きない限り不可能だ。

 でもキングファーマシーの後ろ盾があれば、絶対とは言わずとも代わりの医院を紹介してくれるかもしれない。少なくとも、俺がこのまま個人で経営を続けるよりずっと可能性が高いはずだ。


 だから俺はFC契約を結びたい。


 たとえ子会社になろうと店の看板が変わろうと、皆と働けるこの場所を守っていきたい。


 後ろ盾を得るだけなら、M&Aという手もある。

 だが原則として親会社のルールに準ずるM&Aで、ウチのメンバーが働き続けられる保証はない。

 特にアイちゃんと火乃香は難しいだろう。なにせ二人はアンドロイドと学生なのだから。

 事実、以前にM&Aの話が持ち上がった時は俺を含め火乃香もアイちゃんも吸収先の会社へ就業することは出来なかった。

 でもキングファーマシーなら……この店を残して皆も働き続けられる。

 佐江木社長も『基本的な業務はオーナーに委ねている』と言っていたし、無理に社則を押し付けてくる真似はしないはずだ。


 オフクロにも話は通してある。


 FC化を考えている事はもちろん、佐江木社長と会食をした件も。

 以前にM&Aの話をした時、オフクロは明らかに暗い雰囲気を醸していたけど、今回は笑っていた。どころかFC化に賛成している印象だ。やはり店の看板を残せることが嬉しいのだろう。


 そして従業員の皆にも、俺がFC化を考えていることは伝えた。


 『私は朝日向あさひな店長の御判断に従います。仮にどのような結果になろうと、私の所有者が朝日向店長である事実は変わりません』


どんな反発や質問が飛んで来るのかと思い身構えていたけれど、アイちゃんは二つ返事で提案を受け入れてくれた。

 アイちゃんは俺と一緒に会食に参席していたし、説明が無くとも理解しているのだろう。そんなアイちゃんに反して、火乃香とさくらは「なんだかよく分からない」といった様子だった。


 「でも、兄貴が決めた事ならわたしは信じるよ。別に離れ離れになる訳でもないんでしょ?」

「私も先輩を信じています! たとえこの身が朽ち果てようと、どこまでもお供するです!」


そう言って二人とも明るく笑ってくれた。

 内心は不安なのかもしれない。

 納得が出来るまで質問したいのかもしれない。

 だけど皆、俺を信頼し、俺を肯定し、俺の言葉を受け入れてくれる。


 それが何よりも嬉しかった。

 皆の想いに応えたいと思った。

 この店を続けていきたい。

 

 今はただ、そう願うばかりだ。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


ドクターが高齢などを理由に院を閉めた後は、運が良ければドクターが後継者を連れて来てくれるわ。でもその先生が人気が出るかは分からないし、同じ診療科目とも限らないわ。どんな仕事でも縁故は大切にしないとね。

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