第156話 ハリボテの店長 ハリボテの従業員

 「――別にいいじゃない。ハリボテでも」


何気なく返されたその言葉に、俺は度肝を抜かれてしまった。泉希のハッキリした性格なら、てっきり忖度そんたくせず同調してくるものと思っていたから。


 「貴女が羽鐘はがねさんと会食に行った日にね、火乃香ほのかちゃんと桜葉さくらばさんの3人で食事に行ったの」

「ん……そうらしいな。火乃香が『はじめて焼き肉に行った』って嬉しそうに話してたよ。ワガママを言ったみたいでゴメンな。その時の食事代、経費で申請してくれていいから」

「いいわよ別に。火乃香ちゃんは私にとっても義妹いもうとみたいなものだし、私も楽しかったから。桜葉さんも仕事を頑張ってくれてるし」


口端に笑みを浮かべら、泉希は昔を懐かしむように頬杖ついて店の外を見遣った。店々を繋ぐ長い通路には、流れるように人が行き交っている。


 「話題はもっぱら貴方のことばかりよ。火乃香ちゃんも桜葉さんも、貴方のことが大好きで仕方ないって感じで……ちょっと嫉妬しちゃった」


「フフ」と品よく微笑みながら、泉希は困った風に眉を寄せた。それにどんな反応をして良いか分からなくて、俺は何も言わず視線を逸らした。


 「確かに貴方は経営者として未熟よ。若くて経験も無いし、おまけに馬鹿でスケベですぐ感情に流されちゃう。はたから見たらハラスメントの塊よ」


オブラートに包もうともしない剥き出しの言葉に、俺はズキリと刺されるように胸が痛んで、「ぐぅ」の音しか出せなかった。


 「だけど、それでも貴方の周りには皆が集まる。それは『他人を惹き寄せる才能』だとか『優しさ』だとか、誰にでも言えるような理由じゃない」


静かに……だが力強い声で言うと、泉希はテーブルに置かれている俺の手に、そっと指を重ねた。


 「貴方という太陽が、皆を輝かせてくれるの」


歯の浮くような台詞に一瞬耳を疑った。でもその声に導かれるよう、俺は伏せる顔をもたげた。


 「貴方が自分の事をハリボテだって言うのなら、ウチの従業員も皆ハリボテよ。桜葉さんは薬剤師なのに薬の事を何も知らないし、火乃香ちゃんも調剤事務だけど実際は休学中の高校生。羽鐘さんなんか免許も持たないアンドロイドじゃない。

 私だってそう。管理薬剤師なんて偉そうに言ってるけど、メンバーの業務管理なんて全くしてないしリーダーなんて柄でもない」

「そんなことないだろ。お前は管理者として立派に皆を引っ張ってくれてる。現に火乃香やさくらの面倒もよく見てくれてる」

「それこそ見せかけだけのハリボテよ。私はただ太陽あなたに照らされて輝いてる宝石を、ほんの少し見栄え良く並べてるだけ」


口調も声色も変わることなく、泉希は口元に笑みを浮かべながらゆっくりと左右に首を振った。


 「ハッキリ言ってウチのメンバーは誰一人とは言えないわ。たぶん他の薬局なら同じようにへ働けない。私自身、朝日向調剤薬局いまのみせに来るまでは職場を転々としてたから。

 そんな他に行き場の無い私達を、貴方という太陽は輝かせてくれる。朝日向悠陽がハリボテの私達を受け入れてくれる。だから皆、貴方の事が好きだし貴方と一緒に居たいと願ってる」


流れるような言葉を止めて冷たいカフェラテで喉を潤せば、泉希は「ふぅ」と小さく息をついた。


 「まぁ、裏を返せばマトモな人は寄り付かない損な才能なのかもしれないけれどね。それに惹きつけられるのは美人ばっかりだから、特殊なフェロモンでも出てるだけなのかもしれないし」


細い肩を竦めて泉希は「あはは」と薄い笑みを浮かべてみせれば、ロールケーキにフォークを刺した。

 

「……泉希」

「なーに」

「ありがとう」


痞えも迷いも無く、自然とその一言がまろび出た。

 

「やっぱりお前は、俺のオアシスだ。俺が熱くなりすぎた時はお前が皆を守って癒してくれる。俺が俺を見失った時は、お前が鏡みたいになって俺の今を映してくれる」


歯の浮くような台詞だ。それは理解している。でも今の俺には言葉を紡ぐことしか出来なかい。

 表現し難い感情やが頭の中を駆け巡る中で、募る想いだけが溢れる様に口を吐いて出る。


「俺はハリボテの経営者かもしれない。でもひとつだけ…….お前を好きだって気持ちだけは、ハリボテなんかじゃない。それだけは断言できるよ」


恥かしさを誤魔化すよう、ニッと歯を見せ泉希の手を取れば、両手で包み込むよう優しく握った。

 すると俺の恥ずかしさが感染うつったか、今度は泉希の頬が桜色に染まった。


 「あ……当たり前でしょ! もしハリボテなんて言おうものなら労基に訴えてやるんだから!」


赤らむ顔のまま「フンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。隠しきれない照れ隠しが愛らしくて、思わず吹き出してしまった。


 久しぶりに腹から笑った。

 そのお陰で理解できた。

 笑うことで心に余裕が出来たんだと思う。

 自分の心と、俺の本音と会話する余裕が。


 俺が目指す場所は、何処どこにあるのかと……。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


悠陽と一緒に居ることで、羽鐘さんは人間らしくなったし火乃香ちゃんは明るく前向きになった。桜葉さんは記憶を失くしても悠陽を想い続けた。私達にとって朝日向悠陽は、セロトニンを生み出してくれる太陽のような存在なの。

 恋人としては少し複雑だけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る