第155話 痛いと分かっていても傷口ってついつい触っちゃうよね
「――次の日曜日、私とデートしましょ!」
「モヤモヤしてる時は一度気分をリセットすると良いのよ。それに私たち一応恋人でしょ? なのに忙しくてデートも
「それは、まぁ……」
「だから決まり! 次の日曜は空けておいてね! お疲れ様!」
「あっ、ちょ、泉希!」
◇◇◇
そうして次の日曜日。俺は自宅から数駅離れた場所にある『シオンモール』という大型の商業施設へと向かった。
家を出る直前まで「私も行く」と
そうして待ち合わせ場所であるシオンモールの最寄り駅へ行くと、既に泉希が到着していた。
デニムのパンツスタイルで比較的カジュアルな装いだが、普段の姿よりずっと可愛くて思わず見惚れそうになった。
普段ならこれだけで気分を高揚できただろうに、如何せん今日は気持ちが追い付いて来ない。
「おはよう。待たせたな泉希」
「おはよう
「あ、うん……」
そうして泉希に導かれるまま『シオンモール』へ向かったが、特に買いたい物も無いし、観たい映画がある訳でもない。何をしようと、頭の中ではあの質問がずっと渦を巻いている。
そんな俺とは裏腹に泉希は鼻歌交じりで足取りも軽く、手あたり次第といった風にアパレルや雑貨の専門店を見て回った。
「ねぇ悠陽、このアウターどうかしら」
「どうって?」
「感想に決まってるでしょ! 似合うとか似合わないとか、可愛いとか可愛くないとか色々!」
「ああ……うん、じゃあイイと思う」
「どう良いの?」
「ん……白いトコとか」
言われた通りの感想を述べると、泉希は今日が冷めたような眼で俺を睨んだ。
「もういいわ。少し喉が渇いたし、あそこで休憩しましょ」
溜め息混じりにそう言うと、泉希はアパレルショップを後にして近くの和風カフェへと向かった。
泉希は抹茶のロールケーキセットを注文し、俺は一番安いアイスブレンドコーヒーを注文した。腹も減っていないし、元より今は食欲がない。
「このお店って割と何処でも見かけるわよね」
「……そうだな」
「チェーン店っぽいから何時でも行けるし、個人店より物珍しさが無いから、あまり足が向かなかったのよね」
「そうなのか」
「そうそう。けどチェーン店は当たり外れが少ないから、フラッと立ち寄る分には丁度良いわよね」
そんな俺を気に掛けてか、泉希は明るく饒舌に言葉を重ね笑顔でロールケーキを食べ進めていく。
「……なあ、泉希」
「なーに。あ、もしかして貴方もこのロールケーキ食べたいの?」
「いや、そうじゃないよ」
「じゃあラテの方?」
「それも違くて、その……お前は今のまま、
裏腹に神妙な面持ちで尋ねれば、泉希はスッと口元の笑みを消してケーキフォークを皿の上に置いた。
「私は経営者じゃないからハッキリしたことは言えないけれど……正直『ずっと続ける』っていうのは難しいと思うわ」
真っ直ぐに俺を見つめて、泉希は透き通るような声で答えた。本当の事を言えば『そんなことはない』なんて慰みの言葉を期待していた。
「……どうして、そう思うんだ」
「調剤薬局は病院の処方箋ありきだからね。複数の医院が入っている医療モールでもない限り、門前のドクターが閉院すれば薬局も運営は難しくなるわ。ただでさえ薬局は立場が弱いのに」
「そう、だよな……」
忖度の無い発言に俺は思わず目を逸らし、誤魔化すようにアイス珈琲を啜った。そんな俺の姿になにを思ったか、泉希は「ふむ」と鼻から息を吐いて再びロールケーキにフォークを立てた。
「キングファーマシーの社長さんに、買収の話でもされたの?」
「似たような話はしたけど、直接的じゃなかった。どころか俺は同じ土俵にも上がれてなかったよ」
自嘲気味に笑う俺に、泉希は「土俵って?」と何気なく尋ね返した。俺はアイス珈琲を一口だけ啜り、乾いてもいない喉を潤す。
「社長と話をして、俺は自分が従業員の皆にオンブに抱っこだった事を改めて思い知った。経営者なんて息巻いてるけど……結局は理念もクソもないただのハリボテだった」
アイス珈琲に挿してあるストローを回し、カラカラと氷を鳴らした。
泉希なら「本当にそうよね」なんて、
それは俺の傷口をより一層と深める。
だけどこのまま包み隠していると、傷口から腐り落ちるかと思えた。
だから敢えて泉希に傷を晒した。でも触れられる痛みが怖くて、無意識に手遊びを始めたのだ。
「別にいいじゃない。ハリボテでも」
だがそんな俺の予想に反して、返されたのは思いも寄らない言葉だった。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
同じ施設の中に複数の医院が入っている地所を医療モールと呼ぶのだけど、だからといって未来永劫に経営を続けられる訳では無いわ。栄枯盛衰はどんな店にもどんな業種にも訪れるものだから。
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