第153話 FCって聞くとフランチャイズよりフライドチキンを思い浮かべてしまいます
『M&A』――その言葉が耳に届いた瞬間、俺は寒気を覚えた。なにせ俺はアイちゃんが所属していた派遣会社の策略にハマり、危うく薬局を手放す所だったのだから。
運良くたゆね様が救けてくれたから最悪の事態は免れたものの、二千万円という多額の借金を背負うことになった。どうしたって反応は過敏になる。
「勘違いしないで頂戴」
そんな俺の心中を察したか、
「私はなにも
先程までの笑顔が嘘のように、佐江木社長は眉尻を吊り上げ鋭い眼光を放っている。背中に冷たい汗が浮かんだ。
「M&Aと言っても、ウチは
「
聞いたことがある。確か個人経営の店などが大手と契約して、ノウハウやサポートを受ける代わりに、毎月ロイヤリティを払う業法だ。
コンビニを代表に耳にするけど、正直あまり良いイメージが無い。それに薬局業界でFCというのも聞き覚えがないな。
「どうしてM&AじゃなくてFCなのか、疑問に思っている顔ね」
「え……ええ、まあ」
声に出していたかと自分を疑うほど、社長はズバリ言い当てた。
「まあ当然よね」と独り言のように呟きながら、佐江木社長は口元に笑みを浮かべるとチビリとまたウーロン茶を啜った。
「私がFCに重きを置くのは、個人店はオーナーの思いや積み重ねた歴史があるからよ。下手に直営化してウチの型に嵌めるよりも、そこを伸ばした方が私の理想に近いと思ったから。
だから運営ノウハウや安価な仕入れ値を共有するけれど、基本的な業務はオーナーに任せているわ。もちろん互いにヘルプを出し合ったり、店同士で薬のシェアをしてリスクは共有する」
ハッキリとした口調で力強く、だが表情は少しずつ柔いでいった。同時に俺の緊張も解かれて、背中に滲む汗も引いてきた。
「でも、FCだと結局看板は変えなきゃいけないんじゃないですか?」
「いいえ、必ずしもそうとも限らないわ。たしかに大手とのFC契約なら看板を変えることで宣伝力と安心感は増すわ。いわゆるブランド力ね。
だけどウチの会社はブランド力を発揮できるほど大きくないし、逆に加盟先の薬局の看板を変えない方が都合が良いこともあるの」
「そうなんですか?」
「ええ。例えば患者様の中には薬局の名前が変わることで不安に思われる方も居るわ。名前が変わるということは、必然的に
なるほど。確かにスーパーやレストランでも、同じ系列の店なのに看板と内装が変わるだけで別の店という印象を受けるからな。俺自身、名前が変わってから行かなくなった店は幾つかある。
「とはいえFCには変わりないからロイヤリティは勿論あるわ。でも薬価差率や薬の廃棄率、宣伝広告費などを鑑みれば決して損にはならないはずよ。どうしても納得できないなら、FC契約を破棄してもらっても構わないのだし」
「え、FCって途中で辞めれるんですか?」
「ええ。少なくともウチはそういう形態よ。子会社や加盟店として今の看板を掲げ続けたいのであればそれで構わないし、直営になるのも構わない。ただその代わり、加盟店として受け入れるか否かは審査させてもらうけれど」
つまりは『誰でも彼でも傘下に入る事は出来ない』ということか。
まあ当然だろう、キングファーマシーも慈善事業をやっているのではないからな。むしろ今までの話が上手すぎたから、
「ひとつ、お伺いして良いですか」
「ええ、どうぞ」
「加盟店になる条件って、やっぱり利益率とか処方箋枚数とかで決めるんですか? それか店舗の立地や薬剤師の人数を――」
「いいえ。加盟店となるのに数字は関係ないわ」
「じゃあ、何を査定するんですか」
食い気味な俺の問いに佐江木社長は一呼吸だけ間を置くと、凛と真っ直ぐな瞳で俺を見つめ返した。
「オーナーの人柄と、薬局運営に対する思いよ」
澱みのない声と突き刺すような社長の視線に、俺は意識を絡め取られたみたく微動だに出来なかった。
「改めてもう一度聞くわ。、
先程よりも重く聞こえる声に、俺は額に汗を浮かべ固い唾を飲み込んだ。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
M&Aの誘いじゃなかったのは一安心だけど、明らかに社長のペースよね。もしかしてこの会食は朝日向調剤薬局を加盟店に誘うためなのかしら。だとしたら悠陽の答えは……。
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