第150話 キングファーマシーの佐江木さん

 会食の場にタクシーで現れたキングファーマシーの社長。そのヴルジョアな振る舞いに緊張感を高めながらも、次の瞬間には言葉を失ってしまった。


 なにせ後部座席から現れた社長様は、息を呑む程の美人なのだから。


 細身の体躯にウェーブの掛かった茶髪。堂々たる佇まいで、自信を体現したような光が双眸そうぼうに宿っている。イメージしていた姿よりもずっと若々しくて小柄だ。

 たゆね様の話では俺より一回りは上らしいから、少なくとも40歳前後のはずだ。にも関わらずシワは一つも無いし、正直20代と言われても納得だ。

 だけど見た目に幼いわけではない。翡翠みどり色のビジネスフォーマルな装いのせいか、落ち着いた雰囲気と大人びた印象を醸している。


 「こんばんは。お待たせして御免なさい」


オフィス街の喧騒けんそうを擦り抜けるような透明感。品性と色、それに知性を兼ね備えた声が俺の聴覚をビリリと震撼させる。


 「こちらも今来た所ですよ」

「そう。それなら良かったわ」


呆け立つ俺を他所よそに二人は御手本のような社交辞令を交わすと、社長様は軽やかに身を翻し俺の方へと歩み寄った。


 「はじめまして。貴方が朝日向あさひなさんね。キングファーマシーで代表取締役を勤めている佐江木さえきです。今日はお忙しいなか、貴重な時間をありがとう」


まるで貴族のような振る舞いと言動で、佐江木社長は徐に右手を差し出した。

 それが握手を求めているのだと分かるのに6秒も掛かってしまい、その間に俺の目は社長の手と顔を2度も往復した。


「あっ……はっ、初めまして! 朝日向調剤薬局で店長をしている朝日向です! こ、こちらこそ本日は御多忙のなか宜しくお願いします!」


差し出された社長の右手を慌てて握り返す。上手な言葉を選ぼうとしたけど、焦りで逆に言葉遣いが変になってしまった。

 なにせ握手なんて、人生で数える程しか交わした事がないからな。おまけに相手が美人とあっては、緊張するというもの。

 そんなギコちない俺に、社長は怒るでも訝しむでもなく、クスクスと上品に微笑んでくれた。


 「そう固くならないで。今日はビジネスメインの会食じゃないのだから。その証拠に、今も名刺は交換していないでしょう?」


両手を広げて見せる社長に、俺はハッとして背広の内ポケットに触れた。普段あまり名刺交換をしないから、ケースごと薬局に忘れてきてしまった。

 佐江木社長は柔和な笑みを浮かべたまま、何を言うこともなく俺の隣のアイちゃんを見上げる。

 

 「貴女が噂のAIVISアイヴィスね」

『はい。羽鐘はがねアイと申します』

「羽鐘さんね。今日は来てくれてありがとう」


俺と同じ柔らかい物腰で、佐江木社長はアイちゃんにも右手を差し出した。

 白く華奢な手を不思議そうに見つめるアイちゃんだったが、何かを思い出したよう握手に応じる。

 二人の美女が握手する姿を呆然と見つめていれば、その視線に気付いた佐江木社長が俺の方に顔を向けた。


 「なにかしら?」

「あ、いえ、その……アイちゃんにも挨拶してくれるんだと思って」

「勿論よ。彼女にも御足労を頂いたのだから、敬意を払うのは当然じゃなくて?」


屈託も迷いもなく、佐江木社長は小柄な胸を張って明言した。

 AIVISの業務登用を考えていると聞いていたから、てっきりアイちゃんの事はロボットや機材のように考えているのかと……なんか、俺のイメージしていた人物像とは全然違うな。


 「さて御両人ごりょうにん。立ち話はそれくらいにして、そろそろ中に入ろうじゃないか。予約の時間をもう5分も過ぎているからね」

「そうね。お店の方をお待たせするのは悪いわ」


優雅な声でそう言うと、佐江木社長はたゆね様と共に店へと向かった。


 スラリと背筋の伸びたその後ろ姿に、俺は何故か泉希みずきの姿を重ねていた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


今回登場された佐江木社長は、緑色が似合う女性のようね。艶やかなセミロングの髪型で、身長は私より少し低いくらいみたい。それにしても悠陽の周りは美人しか居ないわね……なにか特殊なフェロモンでも出しているのかしら。

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