第148話 桜葉さくらの日記帳②

【20×4年 3月19日 火曜日】

 朝日向あさひな先輩が浪人することになった。先輩は単に「ダメだった」と言っていたけど、先輩の成績ならH医大はまず受かっているはずだ。きっと何か事情があったのだろう。

 でも、そのおかげで先輩と同じ大学を目指すことになった。先輩には悪いけれど、すごく嬉しい。

 先輩と同じ大学に行くことを考えると、それだけでニヤニヤが止まらない。この夢を実現させるためにも、今以上に勉強を頑張ろう。



【20×4年 4月20日 土曜日】

 世間ではもうすぐゴールデンウィークだ。だけど先輩も私も受験生なので、市営の図書館で勉強する約束をした。本当は市民以外の人が使っちゃいけないはずだけど、二人でこっそり潜りこむと思うと、なんだがスパイ映画みたいでドキドキする。


 

【20×4年 7月19日 金曜日】

 私も先輩も順調に成績を伸ばしている。先日の模試の結果だと、K薬科大学の合格率が私はB判定で先輩はC判定だったらしい。この調子で夏を頑張ればきっと二人で合格できるはずだ。



【20×4年 8月28日 水曜日】

 今年の夏は勉強漬けの毎日だった。休みの日でも遊びに行かないのは昔から変わらないけど、今年は例年と違い遣り甲斐のようなものがあった。

 ただひとつ心残りなのは、朝日向先輩とは一度も会えなかったことだ。だけど同じ大学に行くために、今は我慢の時なんだ。



【20×4年 10月22日 火曜日】

 夏休みに勉強を頑張った成果が出た。模試でA判定を取ることが出来た。指定校推薦での受験という手もあったけど、『桜葉さくらばは判定が良いから普通に受験しても受かるだろう』と言われた。たぶん判定が下位の人に推薦枠が回されるのだろう。

 


【20×5年 1月2日 木曜日】

 近所の神社へお参りに行った。先輩と二人で受かるよう神様にお願いした。

 参拝の時は自分の名前と住所を言うと良いって聞いたことがあるけど、残念ながら先輩の住所は知らなかった。



【20×5年 2月9日 日曜日】

 いよいよ試験の日だ。正直なところ、試験よりも久しぶりに先輩に会えることの方が嬉しかった。だけど先輩の姿は見当たらなかった。受験教室はいくつかあったし、待ち合わせもしていないから……仕方のないことだよね……。



【20×5年 2月21日 金曜日】

 無事にK薬科大学に合格した。先輩はどうだったのだろう。無事に合格したかな。もしかしたら、まだ発表を見ていないかもしれない。もう少し連絡を待ってみよう。



【20×5年 2月28日 金曜日】

 前期日程の合格発表から1週間が経った。朝日向先輩から、まだ連絡が来ていない。一応先輩の連絡先は教えて貰っているけれど……もしかしたら後期日程で受験するのかもしれない。今私が電話をしたら先輩のプレッシャーになるかもしれないし、もう少し待ってみよう。



【20×5年 3月30日 日曜日】

 あれからまだ、先輩から連絡が来ていない。一体どうしたというのだろう。もしかして先輩は、別の大学に行くことになったのだろうか。いや、きっと忙しくて連絡が出来ないだけだ。もしかしたら私の連絡先を失くした可能性もある。入学式で先輩と再会できることを期待しよう。



【20×5年 4月4日 金曜日】

 市内にある国際ホールで入学式が執り行われた。新入生の名簿に先輩の名前は無かった。残念だとか悲しいとか以前に、先輩のことが心配だった。

 家庭の事情や、進路自体を変えた可能性もある。残念だけどそれなら仕方がない。だけどもし事故や病気に逢っていたら……こんなことで先輩と二度と会えないなんて絶対に嫌だ。携帯電話も買って貰ったし、連絡をするなら今がチャンスだ……。



【20×5年 4月6日 日曜日】

 携帯電話を握りしめて、私は真っ暗な画面を見つめていた。電話は出来なかった。

 もしかすると先輩は私のことを忘れているのかもしれない。もう恋人が居るのかもしれない。だとしたら今私が電話をするのはマズい。もしかすると変な誤解を与えてしまうかもしれない。そんなことで先輩に嫌われるくらいなら……。



【20×5年 4月25日 金曜日】

 サークルや部活には入らなかった。朝日向先輩と会わなかった数カ月の間に、私はまた人と喋ることが怖くなっていた。先輩が居てくれたなら……。

 朝日向先輩に会いたい……。



【20×6年 4月6日 月曜日】

 入学から1年が経った。相変わらず私はまだ独りぼっちだ。大学は一人で居ても浮かないと聞いていたけど、そんなことはなかった。中学の頃を思い出した。



【20×7年 4月9日 金曜日】

 本格的な実習が始まって忙しくなった。他の人達と一緒にやる実験や現場実習は苦痛だった。医療はチームワークが大切だからと、コミュニケーションを求められることが多かったから。進級もギリギリだった。今頃は先輩もどこか別の薬学部で、勉強を頑張っているのかな……。



【20〇1年 6月13日 金曜日】

 朝日向先輩と最後に連絡を取ってから、もう何年経っただろう。無事に国家試験もクリアして薬剤師になったはいいが、まさか就業先が東京になるとは思わなかった。

 私が薬剤師になることを反対していたお祖母ちゃんは、「嫁入り前の女が家を出るなんて」と激怒していた。なかば勘当された形だ。おかげであの家を出られたけど。そういえば先輩は、あの時の約束を覚えてくれてるかな……。



【20〇2年 4月5日 月曜日】

 会社から長期休暇を貰った。リフレッシュ休暇というもので、毎年どこかで取得しなければならないらしい。今の半ばからお休みを頂き、フェリー旅行を計画した。

 一人で旅行なんて生まれて初めてだ。これを機に今までの自分とはサヨナラして……必ずまた朝日向先輩に会いに行くんだ。

 

 『桜葉さくら』という名前に負けないくらい、もっと明るくて、もっと笑顔に満ち溢れた……そんな新しい私に、生まれ変わるんだ。

 



-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


この日記の数日後に桜葉さんは悠陽のお父さん達を助けて記憶を失くしたのね。真面目な薬剤師だからきっと正義感が強かったのね。それにしても皮肉な話だわ……。

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