第147話 桜葉さくらの日記帳①

【20×1年 4月7日 水曜日】

 今日から中学三年生だ。たげど特に感慨もない。どうせまた、独りぼっちの日々が繰り返されるだけだから。高校はきっと、今の私を知る人が居ない所へ行こう。



【20×1年 4月8日 木曜日】

 今日、学校の帰りに本屋さんへ行こうと寄り道をしていたら。運悪く怖そうな男の人とぶつかって、薄暗い路地に連れて行かれた。

 助けを呼ぼうにも怖くて声が出なかった。だけどその時、見ず知らずの高校生っぽい人が助けれた。

 その人は男の人達に殴られて口から血を流した。

 怖くなって思わず逃げ出した。それでも「なんとかしないと」と思って近くの交番に駆け込んだ。

 あの人、大丈夫かな……。



【20×1年 4月11日 日曜日】

 あの人の事が頭から離れない。この三日間、あの人の事ばかり考えている。学生服を着ていたから、高校生だと思うけど……あの近くの高校に通っているのかな……。



【20×1年 4月23日 金曜日】

 あの人と同じ制服の男性を見つけた。あの日私が立ち寄った本屋さんから、程近い場所にある高校の制服だ。進学校みたいだけど、家もその辺りにあるのかな。



【20×1年 5月17日 月曜日】

 やった! ついに見つけた! あの人だ! 茶色く染めた髪の毛に険しい目つき。顔に絆創膏を貼っているけれど、私を助けてくれたあの人だ! いつもあの時間に、あそこを通るのかな……。



【20×1年 5月28日 金曜日】

 またあの人を見つけた。下校途中みたいだ。いつも一人で帰っているけど、友達とか彼女さんとかは居ないのかな。とりあえずこの間の御礼を言おう。ずっと前からそう思っていたから、頭の中で何度もシュミレーションを繰り返していた。

 だけどイザとなると怖くて足が踏み出せない。結局今日もお礼を言えなかった。

 弱い自分が本当に嫌になる。



【20×1年 6月10日 木曜日】

 今日は進路相談会があった。進学希望だったから先生は成績に見合う高校を見繕ってくれていた。どれも一度は名前を聞いた事のある進学校だった。本当は……あの人の居る学校に……。



【20×1年 7月13日 火曜日】

 もうすぐ夏休みだ。この煩わしい日々からも少しの間だけ解放される。あれから毎日、追いかけるようにあの人のことを観察するようになった。あの人も私と同じで、いつも一人だ。どことなく寂しそうな瞳で何かに苛立っている。そんな気がした。



【20×1年 9月3日 金曜日】

 夏休みが明けた。長いようで短い、泡沫みたいな一時だった。勉強しかやることのない、何の味気も無い日々だった。何よりもあの人にも会えなかったのが悲しい。


 

【20×1年 9月12日 日曜日】

 夏休みの間に貯めたお小遣いでデジタルカメラを買いに出かけた。1カ月以上も会えないのが寂しくて、衝動的に買ってしまった。今どき携帯電話を持っていない中学生なんて、私くらいのものだろう。



【20×1年 9月25日 土曜日】

 今朝お祖母ちゃんに叩かれた頬が、まだズキズキと痛む。昨日の進路相談で私があの人の高校に行きたいと言ったことが、お祖母ちゃんは気に入らないらしい。でも私は……どうしてもあの人の居る高校へ行きたい。



【20×1年 10月30日 土曜日】

 あれからお祖母ちゃんと何度か話し合った。お祖母ちゃんは頑なだったけど、私も今度だけは意見を変えたくなかった。そんな私の姿にお祖母ちゃんは驚いていた。最終的には「大学はところへ行くこと」を条件に折れてくれた。



 【20×1年 11月19日 土曜日】

 相変わらずあの人には話し掛けられない。下校中を物陰からこっそり見守って、時々写真を撮るとうさつことくらいだ。でも、おかげであの人の写真が沢山集まった。野良猫に話し掛けたり、歩道橋を登っているお年寄りを助けてあげたり……なんだか一昔前のドラマに出てくる主人公みたいだ。



【20×2年 1月1日 土曜日】

 お祖母ちゃんに連れられて初詣に行った。たぶん合格祈願に連れ出したのだろうけど、私はこっそり「あの人と仲良くなりたい」とお願いした。せめて高校では笑顔で過ごしたいな……。



【20×2年 4月8日 金曜日】

 今日から私も高校生だ。高校では昔の私を捨てて新しい自分になろう。あの人にもちゃんと御礼を言って……出来ることなら、仲良くなりたい。



【20×2年 5月11日 水曜日】

 ゴールデンウィークが終わったのに、まだ友達はおろか知り合いの一人も居ない。いつのまにか中学の頃みたいに図書館で過ごすのが日課になった。このままじゃあ、あの人に御礼を言うなんて、仲良くなるなんて夢のまた夢だ……。



【20×2年 5月30日 月曜日】

 ……まだ夢の中に居るみたいだ。あの人が図書室に来てくれた。嬉しい以上に驚きが勝って、頭の中が真っ白になった。それでも「お礼を言わなきゃ」という思いが勝って、声を掛けた。あの時の御礼は言えなかったけど、あの人と勉強できた。それが何よりも嬉しい。



【20×2年 5月31日 火曜日】

 今日も図書室に来てくれた!

嬉しい、嬉しい、嬉しい!

この高校に来て本当によかった。

幸せって、こういう感覚なんだ。

叶うなら、この先もずっと……。





-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


桜葉さんの通っていたK薬科大学は、薬科大としてはとても有名な私立大よ。ところで今の大学入学共通テストって、以前はセンター試験とか共通一次とか言われいてたわよね。入試の呼び方でも世代が分かっちゃうから恐ろしいわよね……。

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