第146話 同じ商品でもスーパーよりコンビニの方が美味しい気がするけど結局一緒

 「――うーむ……!」


コンビニのアイスコーナーで、さくらは難しい様相を浮かべ唸り声を上げていた。


「いや、早く決めなさいな」


アイスを入れた買い物カゴを片手に、俺は呆れた声でさくらを急かした。なにせもう五分近く、どれにしようか悩んでいるのだから。


 従業員総出のすき焼きパーティが終わってから間も無く、俺はさくらと共に近所のコンビニにアイスを買いに来ていた。

 というのも、さくらが『食後のデザートが食べたいです』などと贅沢な事を宣い、火乃香ほのかもそれに同調したからだ。

 さくらだけならともかく可愛い義妹いもうとのお願いを無碍むげには出来ないからな。後片付けを免除される代わりに、俺とさくらはアイスの調達係となった。


 「これに決めました!」


言うが早いか、さくらは高々とアイスを掲げた。聖剣でも引き抜いたみたく、チョコモナカのパッケージがキラリと光る。


「いいから、とっとと入れなさい」


ジト目で買い物カゴを突き出せば、さくらは上機嫌にアイスを放り入れた。

 そうして漸くとレジを通し終えて、俺はさくらと二人で夜の道を並び歩いた。


 「フン、フフン、フフ~ン♪」


上機嫌に鼻歌を歌いながら、名前に相応しい満開の笑みを浮かべて、足取りは軽く、今にもスキップを始めそうだ。

 そういえばさくらがウチの店に来てから、コイツと二人っきりになるのは初めてかもしれない。昔は二人だけの時間が当たり前だったけど……。


「……なあ、さくら」

「はい!」

「お前、俺のこと恨んでるんじゃないか」


出来るだけ平静に、俺はさくらに問いかけた。

 でも内心はヒヤヒヤだった。どんな答えが返ってくるか分からなくて、さくらの眼を直視することも出来なかった。


 「何を仰います! 先輩には感謝こそあれ、恨む事など全くありません!」


だけどそんな俺の心配を他所に、さくらは天真爛漫と高らかに答えた。


「でも俺は、お前との約束を守れなかった」

「約束ですか?」

「一緒の大学に行くって約束」

「うーむ……確かに昔の私はそのような約束をしたみたいですが、残念ながら覚えていません!」


ペロッと小さく舌を出して、さくらは照れ臭そうにはにかんだ。


 フェリーから落ちたウチの親父を助けようとしたせいで、さくらは今までの記憶を失った。だが日常生活には問題ないし、全ての記憶を失ったわけではないらしい。

 それに加えて、忘れていた記憶も一部には思い出したようだ。

 前に『俺のことだけは思い出した』と言っていたけれど、全てを思い出した訳ではないとのこと。記憶というより、感情が再燃した感じか。


 「以前の私の日記には、確かに先輩と同じ大学に行きたいとつづられていました! 先輩からの連絡がある日当然と途絶えてしまい悲しかったとも!」

「……そうか」


裏表のない性格と物言いが今のさくらの良い所だ。だが言葉に忖度そんたくが無い分、ド直球に俺の胸を貫く。


 「しかし先程先輩が仰ったような、恨んでいるだとか嫌っているだなどという感情は全くもってありませんでした!」

「そ、そうなのか?」

「はい! むしろ先輩に申し訳なかったと!」


投げる言葉はストレート一本だけど、何如いかんせんノーコンでキャッチングできない。俺は首を傾げてさくらの二投目を待った。


 「以前の私は大学に合格して、先輩からの連絡をずっと待っていました! ですが先輩からお電話を頂けず、ずっと悩んでいたようです!」

「……ごめん」

「滅相もありません! そもそも此方こちらから連絡をすれば良いものを、以前の私は勇気が出ずにお電話が出来なかったようなのです! それを私はず〜っとそれを悔やんでいたらしく!」


大きな胸を持ち上げるように腕組みして、さくらは自分を理解させるようウンウンと大袈裟に頷いた。


 「先輩に嫌われたのでは。先輩に恋人が出来たのでは。先輩は私の事など忘れてしまったのではと、頭の中で根拠のない妄想を膨らませて自分自身を抑えこんでいたようです! 

 そこにあったのは、あくまでも弱い自分への後悔と苛立ちだったようで! なので先輩を恨んだりなど一度もありませんでした!」


にっこり。屈託ない笑顔がさくらの顔に浮かんだ。


 「そうして日記に込められた想いが私の中で記憶を呼び戻す切っ掛けとなり、キングファーマシー様を辞めて先輩の元へ参上した次第です!」


「エッヘン」という声が聞こえそうな程、さくらは自身たっぷりに胸を張った。だがそんな彼女の思いとは裏腹に、どんな言葉を返せば良いか俺には分からなかった。


 だから俺は、さくらの頭を優しく撫でた。それが彼女に対して、一番俺の気持ちを伝えられる方法だと思った。

 さくらは嬉しそうに眼を細めて、ポニーテールを本物の尻尾みたく左右に振る。


「アイス……溶ける前に帰るか」

「はい!」


生暖かい夜風に頬を撫でられ、俺は少しだけ歩調を速めた。そんな俺の背中を、さくらは付かず離れず追いかけて……。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


知識や学習みたいに頭の中に詰め込んだ事は忘れてしまったみたいだけど、体に染みついた経験や心に刻まれた想いは呼び起こせたのね。桜庭さんが今後全ての記憶を思い出すことはあるのかしら。

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