第145話 普段料理をしないお父さんもクッキングパパになるのが『すき焼き』という食べ物

 「――えーっと……これ、どういう状況?」


キングファーマシーへ分譲に赴くも、社長の人柄が分かるような成果を何一つ得られず店に戻ってきたその日の夜。

 なぜか我が家で従業員総出のすき焼きパーティーが開催されようとしていた。1LDKの狭い部屋に四人も五人も集まりおってからに。


 「何言ってんの。兄貴が昼間に『鍋が良い』って言ったんじゃん」


怪訝な顔を浮かべる俺に、火乃香ほのかがツンと唇を尖らせて答えた。晩飯のリクエストを適当に返した事、まだ怒ってるのかな……。


 「だけどアイさんは食べないから二人分でしょ。せっかく鍋にするなら、皆もどうかなって思って」

「いや、まあいいんだけど……」


言葉を濁しながら、俺はローテーブルの前で正座をするさくらを見た。だが本人は俺の視線など気にも留めず、空っぽの鍋に全集中している。

 さくら一人で俺の三倍は食うからな。朝日向あさひな家の数日分の食費がこの晩餐で吹っ飛んでしまうのではなかろうか。


 「大丈夫よ。材料は皆で持ち寄りだから」


そんな俺の不安を察したのか、泉希みずきが呆れたような口調で呟いた。

 するとさくらがハッと我に返り、足元に置いている袋をいそいそと開いた。


「御覧ください! 私が調達したこの美味しそうなお豆腐を! 奮発して10丁買ってきました! 白滝とおうどんも5袋ずつご用意しています!」


鼻を膨らませ自慢げに、さくらは買ってきた食材を高々と掲げた。なんで白い食材ばっかやねん。その金で他にも色々買えただろ。


 「ちなみにウチは野菜担当。それより見て兄貴」

「なっ……こ、これは……!」


どこか興奮気味に笑みを浮かべて火乃香が取り出したのは、キラキラと霜降りの輝く牛肉だった。


御牛おうし様の肉……だと……!」

「うん。それも国産和牛」

「こ、ここ、こんな高価なもの……一体どこで手に入れたんだ?!」

「泉希さんが買って来てくれた」


ご紹介みたく火乃香が手を向けられると、皆の視線が一心に泉希へ注がれた。俺はすかさず彼女の手を取り、包み込むように両手で握りしめる。


「今日は来てくれてありがとう。是非ともゆっくりしていってくれ」

「……どーも」


熱い視線を送る俺とは裏腹に、泉希は冷ややかな目で応えた。この氷のような視線、なんだかちょっと懐かしい気がする。


 『おまたせ致しました』


などと下らないコントをしていると、アイちゃんが切り分けた野菜を持ってきてくれた。

 まるで専門店みたく美しく盛られた食材に、皆は感嘆の声を上げた。流石はアイちゃん、何をやらせても一級だ。


「ありがとう、アイちゃん」

『恐れ入ります』


うやうやしくお辞儀をすると、アイちゃんはさくらの豆腐と白滝を抱え再びキッチンへ向かった。本当は彼女も一緒に鍋を囲んでほしいのだが、食べられないのに席に着かせるのも酷な話だろう。


「それじゃあ……早速焼いていくか!」

「焼くって、何を?」

「決まってんだろ。泉希様が差し入れてくださった国産和牛だよ」


怪訝な面持ちで俺を見つめる火乃香に、俺は和牛を指差して答えた。けれど可愛い義妹は一層と眉根を寄せて訝しげに首を傾ける。


「なにボケてんの兄貴。これ鉄板じゃなくて鍋なんだけど」

「いやいや、すき焼きって言ったら最初に肉だけを焼いて砂糖と醤油で味付けして食うだろ? 鍋にして煮るのはその後だよ」

「そうなの?」

「そういえば、そういう食べ方もあるらしいわね。私もよく知らないけど」


空っぽの鍋を見つめて頷く火乃香に、泉希も何の気ない様子で同調する。


「じゃあ二人共、今までどうやってすき焼き食ってたんだよ」

「食べたことない」

「適当に食材全部放り込んで煮てた」

「……」


平然と答える二人に俺はどんな言葉を返して良いか分からず、助けを求めるようさくらを見遣った。

 だが助けるどころか、空っぽの鍋を前にダラダラと涎を垂らし目を血走らせている。


 もう何でも良いか……。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


お肉は腐りかけが一番美味しいというけれど、消費期限はちゃんと守らないと痛い目に遭うから皆さんも気をつけてね! ちなみに処方箋にも有効期限というものがあって、特別に医師の指示が無い限り発行から4日間が原則よ。病院へ行ったらすぐに薬局へ行きましょう!

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