第142話 社員食堂って憧れるけど、あんまり美味しくなかったりするよね
「――う~ん……」
いつものカフェでたゆね様と打ち合わせをした数日後。俺は薬局の二階にある事務所で腕組みしながら低く唸った。理由はもちろん、キングファーマシーの社長との会談を今からビビっているからだ。
たゆね様にも話した通り、俺は過去のトラウマが原因で凛とした雰囲気の年配女性に対し苦手意識がある。そんな相手と
「そんなに不安なら、向こうの薬局さんを見学にでも行ってみたら?」
カフェを出た時、たゆね様に呆れ顔で助言された。言ってる事は分かるけど、そう易々と商売敵の店に行ける訳もない。
とはいえ彼女の提案には一理ある。店の内装や従業員には経営者なり管理者なりの理念や意向が反映されるからな。
たとえば従業員が美人ばかりの店は、人事担当者か教育係がかなりのスケベ野郎だということ……いや自分のことを言ってるんじゃないぞ。
さくらの話だとキングファーマシーの社長は風通しの良い人物らしいからな。店の内観や従業員の教育にも力を入れているだろう。
「問題はどうやって店に行くかだけど……」
薄ら白い天井を見上げて俺は一層と顔を
患者のフリをして薬を貰いに行こうにも、キングファーマシーは小児科が門前の薬局だ。大人の俺でも受診は可能だが、目立つ事には違いない。
おまけに今は休院されているけれど、ウチの隣も小児科だからな。向こうの患者様に顔を差されるかもしれない。
というか、そもそも彼方の職員さんが俺のことを認知している可能性もある。
「どうすっかな~」
などと懊悩している間に午前の診療が終わり、
「お疲れ。なにか変わったことあったか?」
「ううん、特になにも」
「わたしも別に。患者さん少なかったし」
「……さよか」
イレギュラーが無いのは有難いことだが、処方箋枚数が少ないのは経営者として頭の痛い問題だ。
「おろ?」
ふと見れば泉希は白衣を脱いで私服姿になり、テーブルに弁当を取り出した。それは良いとして火乃香も同じように弁当を広げているのは何故だ。
「火乃香も昼飯食うのか?」
「うん。兄貴の弁当作るついでに作ってるから」
「でもお前、今日は午前上がりだろ」
「いいじゃん別に。泉希さんとお喋りしてから帰りたいの。帰りに晩御飯の買い物しないとだし」
「買い物と弁当に何か関係あるのか?」
「お腹空いてたら余計な物まで買っちゃうじゃん」
「にゃるほど」
たしかに空腹状態で買い物をすると、あれもこれも買ってしまいがちだ。食い切れば良いが、結局消費期限を切らした経験が俺にもある。
「しっかりした
「本当そうですよねー」
「いやまったく……ってなんでやねん!」
コテコテの漫才みたいなツッコミを入れると、二人は楽しそうに笑ってくれた。職員同士が仲良くしてくれるのは、経営者としても嬉しい限りだ。
「あんまり泉希の邪魔せんよーにな」
「全然邪魔じゃないわよ。ねー、火乃香ちゃん」
「はい!」
泉希の優しい笑顔に火乃香は喜色満面と応えた。二人がそれで良いなら、俺が咎める理由もない。
「ところで兄貴。今日の晩御飯は何がいい?」
「んー? なんでもいいよー」
「それ一番困るヤツなんだけど」
「じゃあ鍋。それかシチュー」
「あーもう、またそれ!」
呆れた口調で火乃香が言うと、泉希が「仕方無い」と言った風に笑った。鍋やシチューなら経済的だし手間もかからない。栄養バランスも良いから火乃香にとっても良い選択だと思うのだが。
そんな俺の思惑を火乃香は知ってか知らずか、「適当に作るからね」と不満げに頬を膨らませた。
「本当、困ったお
面白おかしく茶化しながら、泉希はさくらの手作り弁当を突いた。これ以上は二人の楽しい女子会を邪魔すまいと、俺はコソコソと事務所を後にした。
そうして独り薬局へ向かうと、待合室のベンチで一人の女性患者様がお待ちになられていた。
俺の入店に気付いた患者様はペコリと小さく会釈をされる。俺も笑顔で挨拶を返せば、その直後。
「申し訳ありません!」
店の奥にある調剤室から、さくらが処方箋を片手に飛び出してきた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
朝日向調剤薬局は元々お隣の小児科さんが処方箋の7割を占めていたの。だから他所の薬局さんに行くと以前に来局されていた患者様とお会いするかもしれないの。悠陽はそれを危惧しているのね。
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