第140話 本当は女性が苦手なんです

 「――では再来週の土曜日、あちらの社長さんとの会談をセッティングしよう」

「お、お願いします」


さくらからキングファーマシーの社長について聞いた数日後。俺はいつものカフェでたゆね様と待ち合わせ、会談に応じる意向を伝えた。


 泉希みずきにも「やっぱり社長さんと会うことにする」と伝えた。てっきり意見を変えたことを怒られるかと思ったが、『まあいいんじゃない』と意外にも軽いリアクションだった。


 心なしか嬉しそうに見えたのは、やはり俺と社長の会談を望んでいるからだろう。

 泉希のことだから、きっとこの店の将来や俺を含めた従業員全員を案じてくれているのだろう。

 その気持ちは純粋に有難かった。だけどそれ以上に、泉希がウチの薬局に愛着を持ってくれてることが嬉しかった。


 だけどそんな彼女の思いとは裏腹に、俺はたゆね様と話している間もずっと曇り顔だった。緊張で顔が引きっているという方が正しいか。

 今日まだ日程を決める段階だというのに、いまから緊張しているだなんて我ながら情けない。三浪目の受験の方がよほど落ち着いていた気がする。


 「そう身構えないでいいよ。あちらの社長様も、別に取って食うつもりじゃないだろうから」


そんな俺を見兼ねて、たゆね様は柔和に微笑み掛けてくれた。フォローは嬉しいが、気休めが通用するほど俺の心中は穏やかでない。


 「いったい、何がそんなに心配なのさ」

「話が上手すぎると思って」

「どういうこと?」

「いくらたゆね様の知り合いだからって、向こうに何のメリットも無いのにわざわざウチみたいな薬局と合うだなんて……正直、警戒はします」

「なーんだ、そんなことか」


眉根を寄せて神妙な面持ちを浮かべてに告げるも、たゆね様はそんな俺の不安を吹き飛ばすように飄々ひょうひょうと笑った。


 「大丈夫さ。あちらさんにもメリットはある」

「本当ですか?」

「おやおや、私の言葉が信じられないのかい」

「そうじゃないですけど、勢いに乗ってるチェーン店が、ウチみたいな小さな個人店から得られるものなんて在るのかと思って」

「なにを言うかね。君の店には他の薬局には居ない希少な人材が居るじゃないか」

「希少な人財……」


小洒落たファンの回る天井を見上げて、俺は腕組みしながら考えた。

 『貴重』ではなく『希少』と形容したのは、普通の薬局では見かけないような職員が居るという意味だろう。だけど――


「ウチの従業員やつら、全員変わり者なんですけど」


ハッキリ言い切ると、たゆね様は形容しがたい微苦笑を浮かべた。

 カフェラテを一口含み、気を取り直すよう「ゴホン」と一つ空咳をして、キリリと眉尻を上げて俺を見遣った。


 「私が以前、アイちゃんの所属する派遣会社を怪しんでいたことは覚えてるかな」

「あー、はい」


なんとなくだが記憶がある。確かあの時もこの店で珈琲を飲んでいたっけ。


 「なにを隠そう、あの話もキングファーマシーの社長さんから聞いたものなんだ」

「そうだったんですか」

「うん。あちらの社長さんも、以前からAIVISアイヴィス薬剤師について興味があったみたいでね。だけど派遣社員としてアンドロイドを試用するのは前例もないし、慎重になってたみたい」


そう言うと、たゆね様は再びカフェラテを啜った。俺は相変わらず薄いアメリカンで喉を潤す。


「キングファーマシーの社長さんって、どんな感じの人ですか?」

「とても理知的で落ち着いた、ビジネスウーマンといった雰囲気だよ。詳しい年齢は分からないけど、たぶん君より一回りほど年上のはずだよ」

「……そう、ですか」


あからさまに俺は歯切れ悪く答えて、「はあ~」と大きな溜息を吐いた。


 「なにか心配?」

「いえ、その……」


視線を泳がせモジモジと手遊びすると、たゆね様は小さく首を傾げて返す。

 俺は恐る恐ると顔を上げた。


「実は俺……女性が苦手なんです」




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


どうでも良い話だけど、悠陽は甘いもの好きで本当はカフェモカを飲みたいそうよ。でも高価だからと安いアメリカンコーヒーを頼むようになって、それが習慣化したみたい。慣れというのは頼もしい反面恐ろしいわね。

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