第139話 朝日向悠陽の浪人生活

 浪人が決定した翌日、俺はオフクロに『もう少しレベルの高い薬学部を目指したいから、一年間浪人させてほしい』と頭を下げた。

 当時はまだ薬局の運営は順調で、オフクロも元気だったから二つ返事でOKしてくれた。たぶんオフクロも、あの大学では不服だったのだろう。世間体にはかなりこだわりっている人だから。


 さくらには『当日は体調が悪くて実力を発揮できなかった』と嘘を吐いた。でも、これならさくらと同じ学年で通えるとも思った。


 翌月から俺は予備校に通い、さくらは高校で勉強を頑張った。

 さくらは携帯電話を持っていなかったから、受験結果は実家の固定電話に掛けた。すると彼女の祖母ばあちゃんが出て、物凄く嫌な声をされた。

 後から聞いたところ、彼女の祖母ちゃんはとても厳格な人で男女交際などは以てのほかだという。


 さくらは「問題ない」と言っていたけど、浪人生の男と連絡を取り合っているなんてが知られたら、さくらが叱られしまう。


 だから気軽に連絡は出来なかった。


 それでも週に1度、俺たちはカフェなどの適当な場所で待ち合わせて受験や近況について話をした。


「俺、今年はK薬科やっかを目指すそうと思う」


夏休みに入る少し前。なんの前触れも見せずにさくらへ告げた。彼女は唖然と目を丸くしていた。


 さくらと同レベルの薬学部で俺の自宅から通える所というと、K薬科大学くらいのものだった。

 だがK薬科はH医大よりも10近く偏差値が高い。さくらの反応は当然だろう。


 本当はさくらの実力を考えると国立の薬学部でも行けるだろうが、そうすると今度は俺のハードルが高くなりすぎる。


 というか、K薬科大学ですら俺にはギリギリだ。


 それでも俺は必死に勉強した。

 9月に入って、いよいよラストスパートを掛けだした頃には、お互いに予定が合わず会う事が難しくなっていた。

 だけど成績は確実に伸びて、模試でも良い結果を残せるようになっていた。


 そうして迎えた試験当日。

 思いもよらぬ事件が起きた。


 試験会場に行く途中で、あろうことか不良少年のグループに絡まれてしまったのだ。しかもその内の一人は、俺が1年の頃にノした番長の弟だという。

  

 聞けば俺が学校を卒業し、19歳になるのを待っていたようだ。なるほど、高校時代はケンカで済んだことも今の俺では犯罪になるからな。

 だからといって、よりによってこんな日に因縁をつけてこなくても良いだろうに。


(因果応報ってヤツかね……)


などと己の過去を悔いている間に、寄ってたかって何発も殴られた。

 ボロボロの状態で試験会場に向かったが、とっくに終わっていた。

 おまけに殴られた傷が悪化したのか、俺は何日も寝込んでしまい、後期試験にも落ちてしまった。 


「……クソったれ」


俺は呪った。自分の愚かさを。

俺は悔やんだ。自分のバカさ加減を。 


「さくらは今頃、入学の準備をしてるのかな……」


苦虫を噛み潰した顔で、俺は力無く呟いた。

 さくらには連絡をしなかった。

 否、連絡なんて出来なかった。

 本当は連絡を取りたかった。華麗に合格した事を自慢したかった。二人で合格を祝いたかった。彼女はまず間違いなく受かっているだろうから。


 にも関わらず先輩の俺が2浪だなんて、格好悪くて言い出せなかった。


 それに、さくらには華々しい大学生活が待っているのだ。いつまでも俺のような馬鹿に関わっているのは良くない。


 そう自分に言い訳をした。


 それから俺はさくらとの思い出も約束もを振り切るよう勉強に打ち込んだ……のも束の間。なんとなくヤル気が失せて、成績はみるみる落ちていった。


 3度目の浪人が決定した。


 その頃には薬科大を目指そうとは思わなくなっていた。だから今度は一番はじめに受験したランクの低いH医大の薬学部を受けた。


 4度目の春。俺の桜はようやく咲いた。


 新入生を祝うように咲き誇ってた桜を前に、俺はさくらの事を思い出した。


 連絡しようかとも思った。

 だけど、やめた。

 向こうから今まで連絡が無かったのだから。


 きっと俺のことなんて忘れてる……いや、むしろ忘れていて欲しかった。


 そうやって自分を誤魔化した。


 だからせめて表面たけは嘘にならないよう、俺は真っ黒な頭で……自然体の自分で新生活をスタートさせた。


 「いつかまた会おうな……さくら」




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


お話の都合上、入試の日程が実際とは違うかもしれないけれど、そこは大目に見て頂戴! それにしても長い過去編だったわね……私は3話だったのに。

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