第137話 さくらと悠陽の高校生活⑥
「――そういや、さくらって3月生まれか?」
放課後の図書室のいつもの席で、俺は唐突とさくらに尋ねた。
「ど、どうして分かったんですか?」
「いや、春っぽい名前だなーと思って」
オブラートに言葉を包み何気なく答えると、さくらは「ああ」と納得したように手を合わせた。
「へ、変ですよね。苗字にも名前にも『さくら』って入ってて」
「変っていうか、何か意味があるのかとは思った」
だけど俺の薄っぺらいオブラートなど、さくらには全くの無意味だった。
「意味というか……両親が『桜の木みたいに明るく華やかな子に育ってほしい』って、名付けてくれたみたいなんですけど……」
照れ臭そうにモジモジと手遊びして、さくらは言葉を濁した。なるほど、両親の想いに反して消極的な子に育ったわけだ。
まあ、名前に関しては俺も他人をとやかく言えた義理じゃないけど。
「それに、女の子は結婚すれば苗字が変わるだろうからって……」
「ふぅん」
よく分からないと言った風に鼻を鳴らし、俺は手元の教科書をパラパラとめくった。
生まれた時から結婚後を考えるだなんて、随分と気の早いことだ。俺なんて来年のことすらまだ薄らぼんやりとしているのに。
俺達の放課後の個人授業が始まってから、早いもので1年が経っていた。さくらのおかげで俺は進級できて、おまけに以前よりも学校生活が苦では無くなった。
相変わらず友達は居ないけど。
さくらも未だぼっちを継続中のようで、俺以外の生徒と話している姿を見たことがない。学年が違うから当たり前かもしれないが。
「悪いな。もう半年早く知っていれば、プレゼントの一つも用意したんだけど」
「そ、そんな! プレゼントだなんて……」
「でも、さくらには勉強見て貰ってるからな。なにか御礼くらいしないと」
「そんな、いいです御礼なんて! こうやって先輩と勉強が出来るだけで、私は十分ですから……」
「そ、そうか?」
頬を赤らめ必死に手を振るさくらに、それ以上俺は何も言えなかった。
相変わらず引っ込み思案の人見知りだけど、それでも幾分会話がスムーズになり、お互い僅かながらの人間らしさを取り戻していった。
「……先輩、今年卒業ですよね」
「ん? ああ、そうだな」
「この図書室で先輩と一緒に勉強が出来るのも……あと半年ですね」
「ん……まあ、な」
ベストな回答が分からず俺は曖昧に答えた。さくらは目に見えて消沈している。
気持ちは分かる。俺が今年卒業しても、彼女にはまだ1年間という時間が残されているのだから。
花のように咲き誇っているはずの青春も、孤独ではでは枯れ葉も同然だからな。
「……でも、さくらのおかげで留年も無かったし、俺は無事に卒業できるよ。本当にありがとうな」
「そ、そんな! 私なんて全然……せ、先輩は元々頭が良かったんです」
「そうか? まあ、それ程でもあるかな!」
腰に手をあて胸を張り、かんらかんらと俺は明るく笑ってみせた。さくらの落ち込んでいる顔を見るのが忍びなかった。
無理矢理にでも話題を変えたかった。
そんな俺の気持ちを察したか、さくらはクスリと小さな笑みを浮かべる。
「先輩って、名前の通りの人ですよね。本当に、皆を照らす太陽みたいで」
「そうか? クラスでは避けられて日陰者だけど」
「それは周りの人が誤解して、本当の先輩を知らないだけです。少なくとも私は、先輩にずっと
「何言ってんだ。俺の方が勉強を教えてもらって、
ニッ、と歯を見せ笑って応えるも、何故かさくらは悲壮な顔で俯いてしまった。なにか言いたげに見えたけれど、俺から聞くのは野暮な気がした。
「あの……」
「ん?」
「あ、その……だ、大学はどこに行くんですか?」
「んー、分かんね。でも家から通える所だと思う。親が『お前を一人にさせたらまた警察の厄介になるかもしれない』とか言って独り暮らしNGだから」
肩を
「じゃあ、学部はどこを?」
「うーん、学部とか明確な目標はないけど、やっぱ理系には行きたいかなー。俺実験とか好きだし」
「それなら、やっぱり薬学部ですか」
「なんで?」
「御実家、継がれるのかと思って」
「んー、そこまではまだ考えてないけど、オフクロは俺に薬剤師になってほしいみたいだな」
背中を預けるよう椅子に凭れ掛かり、俺は腕組みして天井を見上げた。
「……先輩」
「ん?」
「もし、私が薬剤師になったら……その時は、先輩のお店で雇ってくれますか?」
モジモジと恥ずかしそうに手遊びしながら、さくらは上目遣いに俺を見遣った。
「おお! さくらなら大歓迎だぞ!」
10年後。まさか本当に俺の経営する薬局で働くことになるだなんて……この時の俺は夢にも思わなかった。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
現在の日本では院を除いて医・歯・薬学部と獣医学部のみが6年制よ。医学部が6年制なのは有名だけれど、他は4年制と勘違いしている人が多いわね。
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