第130話 とても素晴らしい社長様です!
「――どうすっかなぁ」
昼休憩の最中。薬局からほど近いコンビニのイートインコーナーで安物の珈琲を片手に、呆然と頬杖をつきながら呟いた。
ボヤキの原因はもちろん、キングファーマシーの社長との会談だ。
昨日断る意向を
「泉希のやつ、本当はどうしたいんだろう……」
誰に聞かせる訳でもなくポツリと零しながら、俺は珈琲を啜った。その直後。
――むにっ。
後頭部に何やら柔らかい感触が走った。同時に突然と視界が遮られて、ほのかに冷たく力強い感覚が目頭を覆う。
「だぁ~れでしょうかっ!」
頭の上から響く底抜けに明るい声。こんな馬鹿馬鹿しい『だ~れだ』をかます奴など、この世界に一人しか居ないだろう。
「店の中でうるせーぞ、さくら」
目元を覆う両手を退ければ、俺は眉間に皺を寄せて振り返った。するとやはり、天真爛漫と笑うさくらが後ろに立っていた。
「いやはや、なにやら先輩から黒いオーラを感じましたので、私の元気を分けて差し上げようと!」
「えっ、俺そんなに暗かった?」
「それはもう! お困り事でしたらば、是非この私にお任せください! 肩揉みだろうとクロスワードパズルだとうと何でもござれです!」
「エッヘン」という声が聞こえそうな程、さくらは自信満々と胸を張った。豊満な胸とは裏腹に随分とこじんまりな『何でも』だな。
前に勤めていた薬局の上司も、コイツとのコミュニケーションには手を焼かされたことだろう。
「ん? そういや、さくらよ」
「なんでしょう!」
「お前、つい最近までキングファーマシーに勤めてたんだよな」
「はい!」
「社長さんと会ったことあるか?」
「モチのロンですとも!」
「フンスッ」と鼻息荒く得意気に答えるや、さくらは当然のように俺の隣へ腰かけた。というかお前、買い物に来たんじゃないのか?
「何を隠そう、私が前の職場を辞める時にお会いしましたので!」
「退職手続きに不備でもあったんか」
「いえいえ! 私の御話を聞きにワザワザ出向いて下さったのです!」
「出向いてって……もしかして社長さんが直接お前を引き止めに来たのか」
「いえいえ、引き止めではありません! 私のお話を聞きに居らして下さいましたのです!」
「話?」
「はい! 私が記憶喪失になり退院して間もなく、当時の店長様に退職したい旨をお伝えすると、何故か社長様がお越しになられたのです!」
豊かな胸に手を当てながら、さくらはどこか有頂天に言い放った。まるで芸能人にでも出会ったような浮かれ様だ。
さくらの言動から察するに、恐らく退職の理由を聞かれて正直に答えたものの、上司の方が思うようにコミュニケーションを図らなかったのだろう。
「お前……辞める時になんて言ったんだ?」
「『会いたい人が居る』と!」
臆面も無くさくらは堂々と言い放った。そんな漫画みたいな理由を現実に突きつけられては、上司の方もさぞかし困っただろう。
「社長さんも呆れてただろ」
「とんでもありません! 社長様は真剣に私の話を聞いてくださいました!」
「そうなのか」
「はい! 私がどれほど先輩をお慕いしているかという話も嫌がることなく聞いて下さったのです! そのついでに、事故後の経過についてもお話させて頂きましたが!」
「ついでって……」
本当はそっちが本題で来たんじゃないのか。さくらがおバカだから真意を理解していなかっただけで。
「こう言っては何ですが、キングファーマシーの社長様はとても素晴らしい御人です! この私が保証します!」
天井を見上げんばかりに胸を張り、さくらは高らかと笑って言い放つ。
そんな彼女とは裏腹に、俺は唇を尖らせ訝しげに眉を
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
薬剤師が退職を願い出た時は、余程の人物でもない限り大抵引き止めに合うわ。大手の場合は別店舗への異動など条件を出すことが多いわね。
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