第129話 君を想う言葉がずっと喉の奥につかえてる

 「悪い泉希。今、少しだけ良いか?」


たゆね様の接待という体で飲み会から二日後。2階の事務所で昼休憩をとっていた泉希みずきに、俺は唐突と声を掛けた。

 昼食は食べ終わっているようで、テーブルの上には可愛らしい見た目の弁当箱が置かれている。今は携帯電話でリフレッシュ中のようだ。


 「いいけど、どうしたの急に」

「ん……ちょっと、話を聞いてほしくてさ」


苦笑いを浮かべながら、俺は泉希の正面に座った。


「その弁当、手作りか」

「ええ。って言っても、桜葉さくらばさんがね」

「さくらが?」

「彼女、ああ見えて矢鱈と食べるのよ。コンビニで毎日お昼ご飯を買ってたら大出費だから、お弁当を作ってるのよ。居候の御礼にって私の分もね」

「へぇ、意外と家庭的なんだな」


さくらのことは泉希に押し付けたような形になっているたから俺も気になっていたのだが、それなりに仲良くやっているようで安心した。


「いつも悪いな泉希。あ、コレ食後の珈琲」


手に提げた袋からチルドカップのカフェラテを取り出し、俺は差し出すように泉希の前にへ置いた。


 「もしかして、キングファーマシーの社長さんと会う事を悩んでるの?」

「え、なんで分かった!」

「だって、ドケチの貴方が100円の缶珈琲じゃなくて、200円もするチルドカップの珈琲を買って来てくれたのよ。何かあるに決まってるじゃない」


肩をすくめて溜め息を交える泉希に、俺は恥ずかしいような腹立たしいような複雑な感情に見舞われた。



 ◇◇◇



 「――じゃあ、キングファーマシーさんとの会談の件は無かったことにしてもらうのね」

「……ああ」


チルドカップのカフェラテを啜る泉希に、俺は視線合わないまま意向を伝えた。もちろん『火乃香やさくらが巣立つまで』なんて思いは伏せて。


「本当にありがたい話だし、俺にとっては美味い話だとも思う。でも……だからこそ慎重にならないとダメだと思うんだ」

「……」

「たゆね様のことは信頼してる。だけど、今度またアイちゃんの時みたいに乗っ取りみたいな話になったら、それこそ目も当てられない」


テーブルに置かれたカフェラテを見つめながら、俺はピクリとも笑わずに言葉を繋げる。泉希も真剣な様子で俺の話に耳を傾けてくれた。


 「……それはもう、決定事項なの?」

「最終判断じゃないけど、今はそう考えてる」

「……そう」


どこか意味ありげに呟きながら、泉希はテーブルの上のカフェラテに手を伸ばした。だが珈琲には口を付けず、ただ白いストローを指でなぞる。


 「貴方が本当に悩んで出した決断なら、私はそれに従うわ。でも、これだけは言わせてほしい」


徐々に強まる声音。キリキリと締め付けられるような痛みを胸に感じながら、俺は徐に顔を上げた。

 だがその瞬間。テーブルの上に置いた俺の手に、泉希がそっと優しく自分の手を重ねる。


 「たとえあの店が無くなったとしても、私は貴方と一緒に居るから」


まるで包み込むような穏やかな声と表情。その姿に俺はまた顔を伏せる。


 情けなかった。

 恥ずかしかった。

 だけど嬉しかった。

 泉希を信じられない自分が。

 こんな時まで保身に走ろうとする自分が。

 そんな弱さも受け止めてくれる泉希の優しさが。


「……ありがとう、泉希」


本当はもっと違う言葉を返したかった。だけど感情が渦を巻いて、喉の奥に声が痞えてしまった。


 そして同時に考える。


 泉希は言葉の奥に隠した、彼女の思いを……。



 

-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


桜葉さんは記憶喪失だけど、料理や掃除の腕は抜群よ。やっぱり昔から日常的に取り組んでいたことは体が覚えているものなのかしら。

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