第131話 だから俺は、お前の言葉を信じるよ

 「こう言っては何ですが、キングファーマシーの社長様はとても素晴らしい御人です! この私が保証します!」


天井を見上げんばかりに胸を張り、さくらは高らかと笑って言い放った。そんな彼女に反し、俺は唇を尖らせ訝しげに眉をひそめる。


 悔しかった。

 さくらが俺より前の社長を選んでいる気がして。


 腹が立った。

 俺のことを『好きだ』とのたまうくせに。


「……その社長って、たった数年でいくつも店舗を増やしてるヤリ手なんだろ」

「はい、そのようです! お仕事のことはよく分かりませんが!」

「じゃあ、従業員だって少なくはないだろ。そんなトコの社長が、わざわざ辞めるヤツの話を聞くために時間を割くか?」

「うーむ! きっと時間の使い方が、とてもお上手な方だったのでしょう! 本当に素晴らしい社長様でしたので!」


 嫉ましかった。

 さくらに信頼されている社長が。 


 妬ましかった。

 俺には無い才能を持っている社長が。


「ならお前、そんな凄い社長の所じゃなくて、なんでウチに来たんだよ」


自分でも分かるような俺は厭味な笑みを浮かべて、意地の悪い質問を投げつけた。ほとんど八つ当たりだった。


 「決まっています!」


だけどそんな俺の悪意など意にも介さず、さくらはいつも通りに明るく即答する。


 「先輩と一緒に居たかったからです!」


真っ直ぐで純粋な眼差しに、俺の方が気後れした。てっきり当惑するかと思ったから、毒気を抜かれた気分だ。

 そして同時に恥ずかしくなった。

 さくらのことをを信じられない自分が。

 さくらの気持ちを受け止めていない自分が。


「……さくら」

「はい!」

「お前は、ウチの店に大きくなってほしいか?」

「んー、よく分かりませんが、お店が広くなるのは良い事だと思います! その分お薬も沢山置くことができますから!」


あっけらかんと的外れな答えを返すさくらに、俺もつられて吹き出してしまう。


「そういう意味じゃねーよ。本当におバカだな」

「はっはっは! それほどでもあります!」


軽い皮肉も難なく受け流せば、さくらは両手を腰に沿えて高らかと笑った。まるで俺の中の悩みと嫌悪感を吹き飛ばすかのように。

 

「さくら」

「はい!」

「悪かった」


珈琲を啜りながら先程の態度を詫びるも、さくらはキョトンと首を傾げた。


「俺はキングファーマシーの社長を知らない」

「そうなのですか!」

「でも、お前のことは知ってる」

「私も先輩のことは知ってますよ!」

「だから俺は、お前の言葉を信じるよ」

「わかりました! ドンとオーボエに乗ったつもりでお任せください!」


相変わらずチグハグな返しを見せながら、さくらは自信満々とその豊かな胸を叩いてみせた。


「前から言おうと思ってたけど、『オーボエ』じゃなくて『大船』だからな。オーボエは楽器だ」

「なななんと! そうでだったのですか!」


オーバーリアクションに驚きを表すさくらに、俺は思わず「ぷっ」と吹き出して笑った。


「……お前と居ると、本当に飽きないな」

「むふーん、それほどでもあります!」


鼻を膨らませほんのり頬を赤らめながら、さくらは頭頂部を俺に差し向けた。


「なにしてんだ?」

「どうぞ、お好きなだけナデナデして頂いて構いませんよ!」

「アホか」


突き出された頭をペチンと軽快に叩けば、さくらは口を『△』の形にして目を見開いた。どうやら本気で褒めて貰えると思ったらしい。

 

 バカ正直というか裏表が無いというか、多分何も考えていないのだろう。

 でも、それがさくらの良い所だ。

 見た目も性格も全然変わったけれど、真っ直ぐな所は何も変わらない。


「さくら」

「はい!」

「ありがとう。お前のおかげで吹っ切れた」


さっき叩いた頭を撫でてやると、さくらは蕩けた顔で「エヘヘ」とはにかんで、犬の尻尾みたくポニーテールを振った。


 「なんだかよく分かりませんが、先輩が元気になったようで何よりです!」




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


どうでも良い話だけど、悠陽と私は珈琲派よ。桜葉さんと火乃香ちゃんは紅茶の方が好きみたい。当然だけど羽鐘さんは水しか摂取しないわ!

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