第132話 さくらと悠陽の高校生活①

 「――や、やべぇ……」


学制服も着替えず、俺は自宅の部屋で真っ青になりながら呟いた。

 机の前には返却されたテスト用紙の数々。それも7科目中5科目が赤点という最悪の答案結果だ。

  

「もう2年だってのに、マジでヤバいぞ……」


ゴクリと固唾を飲み込み、俺は冷や汗を浮かべ茶髪頭を抱えた。

 高校の入試はそれなりの成績で、少なくとも中学では赤点を取るようなタイプじゃなかった。どころかクラスでも上位の成績だった。


 中学時代は友達もそれなり居て、決して派手ではないけれど馬鹿馬鹿しく楽しい、お気楽極楽な日々を謳歌おうかしていた。


 そんな俺にも悩みがあった。

 恋人……つまり彼女が居ないことだ。


 言っても中学生なのだから、当然と恋人が居ない奴のが多い。それは理解しているけれど、やっぱり居る奴には居る。

 とりわけ俺とは正反対の、明るくちょっと不良っぽい所謂『陽キャ』というタイプに限って。


 俺はそれが、羨ましくて仕方なかった。


 体育祭で女子連中に応援されているイケメンクソ野郎や、学園祭で手を繋いで歩くカップルを見る度に俺はメラメラと嫉妬の炎に焼かれていた。


 それが何よりも辛く悔しかった。噛み締めた奥歯が欠けてしまう程に。


 このままじゃダメだ。変わらなきゃいけない。

 そう考えた俺は、2年生の夏休み終わりからジムに通いボクシングを始めた。


 部活は『マンガ研究会』などという緩い文化部に所属していたから、まともな運動なんて体育の時間以外にやっていなかった。

 

 部活中に読んだ、『はじめの一歩』というボクシング漫画に影響された。


 辛い練習に何度も辞めようかと思ったけど、日に日に身体が作り変わっていくのが嬉しかった。俺の人生で間違いなく一番頑張っていた時期だ。

 ただ『はじめの一歩』なんかの格闘漫画を好んで読んでいたせいか、俺は飲み込みが早かったらしくプロにならないか誘われた。


「いえ、結構です」


でも断った。別にボクシングは好きでもなかったし、モテたくて始めただけのこと。だから夏休みにはすっぱりと辞めて受験勉強をスタートした。

 俺は友人らの誘いを断り、家から少し離れた進学校を受けた。元々成績は良かったし特別偏差値の高い学校でも無かったので、普通に合格した。


 知り合いなんて一人も居ない高校だけど、それで良かった。中学時代の仲間たちと同じ地元の高校に行ったところで、また同じ奴らとつるむ未来じゃ、恋人なんて夢のまた夢だ。

 

 俺は、変わりたいんだ。


 その言葉をスローガンみたくリピートして、入学前の春休み。俺は生まれて初めて髪を染めた。


 鏡の前の自分が、いつもと違って見えた。


 中学生の頃は真面目一辺倒。目立たず大人しく、ひっそりと生きてきた。ボクシングを始めたことも言わなかった。

 だけどそういう奴に限って彼女が居ない。モテる奴ってのはちょっと素行の悪そうな連中だ。話してみると案外2軍よりな奴も、見た目がチャラいというだけで彼女が居たりする。


 俺もなりたかった。

 

 進学校とはいえ、校則はそこまで厳しくなかったし髪型の規定も緩かった。だから入学式の時もチラホラと茶髪や金髪のヤツが居た。

 ああいう連中と友達になって、今度こそ学園生活を華やかなものにしてやる。壇上に立つ校長の話もそっちのけに、俺は固く心に誓った。


 だけどそんな俺の決意を嘲笑あざわらうかのように、事態は思わぬ方向へと進んだ。



 ◇◇◇



 「――ん?」


入学式の翌日、まだ慣れない通学路を一人で歩いていると、3人の若い男に女の子が絡まれていた。

 見た目から察するに、女の子は中学生だろうか。私服姿のチャラい男に囲まれて、女の子は不安気な様子で困惑していた。

 明らかに友達という雰囲気じゃないし、男連中は全員二十歳前後といった風貌だ。タチの悪いナンパかと思っていたら、男の一人が女の子の腕を強引に掴み上げた。


「……っ!」


次の瞬間、俺は走り出していた。そして気付くと、男達は地面にうずくまっていた。


(……やっちまった)


 後悔と不安、そしてほんの少しの期待と高揚感が俺の体を包み込んだ。


『この男達が警察に駆け込んだらどうしよう』

『これをキッカケに、さっきの女の子と仲良くなれるかもしれない』

『コイツらが政治家とか権力者の息子だとしたら』

『不良集団を懲らしめたヒーローとして、町の人達に感謝されるかも』

『暴力団や半グレがバックに居たらどうする』

『というか俺、漫画の主人公みたいじゃね?』

 

消沈と高揚の波が、交互に俺を襲った。どちらかと言うと高揚感の方が大きかった。

 

 だが現実は非常だった。


 女の子はいつの間にか走って逃げ出し、俺には礼のひとつも無かった。名前や連絡犀はもちろん顔もよく覚えていない。


 おまけに通行人の誰かが通報したようで、警察が来てこっぴどく怒られた。

 不幸中の幸い。相手の男達が成人であったことや未成年の女の子に暴行を働こうとしていたこと、最初に俺が殴られたことなどから、学校に通告は行かず親への連絡と厳重注意に留まった。


 警察から話を聞かされたオフクロは溜息混じりに呆れて、親父は馬鹿みたいに爆笑していた。息子の心配など微塵もない親である。


 かくして俺は顔に要らない傷を作り警察に怒られただけで、期待していた褒賞ほうしょうなど得られなかった。


 それだけで終わればまだ良かったものの、俺の凄惨せいさんたる日々は此処から始まった。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


『はじめの一歩』という漫画は、いじめられっ子だった主人公の少年がボクシングと出会い、人間として成長していくサクセスストーリーよ! 面白いから皆も是非読んでみてね!

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