第133話 さくらと悠陽の高校生活②

 翌日、顔に絆創膏を貼って登校すると、まだ名前もロクに覚えていないクラスメート達が、幽霊でも見るかのような視線を俺に向けていた。


(……ま、気のせいだろ)


そう自分に言い聞かせ、誰かに確認することもなくモヤモヤとした気分のまま、俺は自席に着いた。

 入学式からすでに三日。だというのに、俺は友達はおろか話し相手すら見つかっていない状況だ。


 俺は県外からこの高校に来ているから、同じ中学の知り合いなんて一人も居ない。だけど他のクラムメートらはそうでもないらしく、既にそこかしこでコミュニティが形成されている。


(このままじゃあ、ぼっち確定だな……!)


長い学生生活。それだけは何としても避けたい。

 俺は勇気を振り絞り、隣席の男子生徒に「なあ」と声を掛けた。見た目にも真面目そうで大人しそうなヤツだった。だけど――


 「ひぃっ!」


男子生徒は悲鳴みたく声を上げて、「トイレに行きたいから」と告げてそそくさと立ち去った。

 

 あからさまに避けられている。


 入学から日が浅いからロクに会話もしていない。にも関わらず嫌厭されている現実。

 俺は戦慄した。

 意を決して他の生徒にも話し掛けた。だけど皆、逃げるように俺を避ける。どころか目も合わせないようにしている。少なからず俺はそう感じた。


(まさか、イジメか……?)


その一言が脳裏を過ぎった。

 だけどイジメられる理由が分からない。この学校には知り合いなんて居ないし、そもそも誰とも話をしていなかったのだから。

 それにイジメにしては俺よりも周りの連中の方がオドオドして見える。なにより直接的な嫌がらせをされるでもない。


 結局なにも分からないまま、授業の内容も全く身に入らない状態で俺は午前中を過ごした。

 このまま悶々とした日々が続くのかと思いきや、理由はすぐ判明した。


 「ね、ねえ朝日向あさひなくん。先輩が呼んでるよ?」


昼休みのことだった。クラスメートの男子生徒が、昼飯前の俺に恐る恐ると声を掛けてきた。

 嬉しさと驚きに教室の外を見やれば、ガラの悪い先輩らが数人。これでもかと俺を睨みつけている。


 「お前、ちょっとツラ貸せ」


訳も分からず先輩に付いて行き、人気のない校舎裏へ連れて来られると、リーダー格らしい強面こわもての先輩が詰め寄ってきた。


 「俺の仲間ダチの兄貴がお前にボコされてるのを見たヤツが居る。仲間の兄貴は警察デコにパクられた。ケジメは付けさせてもらうからな!」


言うが早いか、先輩は一方的に殴りかかってきた。

 顔と腹に一発ずつ貰って、その瞬間に俺の思考はシャットアウトされる。


 気付いた時には、先輩らが地面を転がっていた。


 ふと自分の拳を見れば、赤く擦り切れていて所々に体も痛む。ボクシングをやっていた頃からそうだったけれど、俺はカッとなると衝動的になって思考が停止するらしい。


 バトル漫画や格闘漫画では戦いながら色んな考えが巡らされているけれど、あんなのウソっぱちだ。現実はただ目の前の相手に精一杯。


 「う……うぅ……」


リーダー格の先輩が呻き声をあげた。俺はすぐさま彼を抱え上げると、急いで保健室に運んだ。


 「負けたぜ……今日からお前がこの学校の番だ」


保健室のベッドの上で、先輩は薄い笑みを浮かべて告げた。


「え、いや大丈夫です。なんか怖い」


俺は考える間もなく断った。


 翌日から先輩らは大人しくなったという。

 どうやら『数人掛かりで1年生に負けた』という噂がパンデミックの如く広まったらしい。しかも、


 『ヤクザの息子らしい』

 『実は暴走族のリーダー』

 『人を殺して少年刑務所に入っていた』


などと俺の噂には尾ヒレ背ビレのオマケが付いた。

 こっちは根も葉もないデマだというのに、人の噂とは本当に恐ろしい。俺はすっかり孤立して、生徒どころか教師からも距離を置かれるようになった。


 誰とも会話をしないせいでコミュニケーションの方法をすっかり忘れた俺は、たまに声を掛けられたとしても「うす」「ああ」など2文字以上の言葉を返すことが出来ないでいた。


 本当はもっと会話をしたいのだけど、緊張で声が出なくなった。


 そんなこんなで完全にぼっちと化した俺は、瞬く間に成績を落としていった。


 1年次には何とか進級できたものの、進路選択が行われる2年次にはそうもいかないと、新しい担任がオドオドと苦笑いで俺に通告した。


 流石に勉強しないとマズイ。だけど勉強を教えてくれる友達なんて居ないし、基礎的な内容が抜けているから塾に行った所で結果は同じこと。


「つっても、家だと集中できないしな……」


学校でのフラストレーションが反動になるのか、家ではキッチリ遊びの誘惑に負けて勉強が捗らない。かといってカフェやファミレスに行り浸れるような金は無いし、市営の図書館や公民館は受験生や老人で埋まっている。


「……しゃーねぇ」


ポリポリと頭を掻きながら、俺は意を決した。

 翌日の放課後、相変わらず面白くない授業を受け終えた俺は一目散に図書室へと向かった。

 外や家で勉強が出来ないのなら、学校でやるより他に無いと思った。


「図書室なんて、初めて来たな」


ドキドキと軽く緊張しつつドアを開けた。

 静かな部屋には数人の生徒が居て、黙々と読書をしたり勉強をしている。


(適当に座っていい……んだよな?)


なんとなく誰も座ってないテーブルを探して、俺はキョロキョロと室内を見渡した。その直後。


 「――あ、あの!」


1人の女子生徒が、唐突と声を掛けてきた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


高校時代の悠陽の写真に、顔に絆創膏を貼っていた理由が分かったわ。それにしてもカッとなりやすい性格は、昔からだったのね。

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