第134話 さくらと悠陽の高校生活③

 「――あ、あの!」


図書室の窓際席にひとりで座っていた女子生徒が、唐突と声を掛けてきた。


 だけどその声が大きかったのか、まばらに居る生徒らがジトリと彼女を睨む。女子生徒はペコペコと平謝りで「すみません」を連呼した。

 

(なんか冴えない子だな。見た目も地味だし)


それが彼女に対する第一印象だった。

 飾り気のない黒縁の眼鏡に、墨汁で染めたような黒い髪。それを三つ編みに纏めて、前髪は目元近くまで降ろしている。まるで自分の存在を、この世界から隠すかのように。


「えと、なに?」

「あ、あの、そ――」


謝罪を終えてなおオドオドと背中を丸める女子生徒に、今度は俺から尋ね掛けると、ビクリと細い肩を震わせ彼女は恐る恐ると俺を見上げた。

 まさか俺の噂を間に受け、『図書室の使用を禁じます』などと言うつもりか。


「頼む!」


未だ言葉を探す女子生徒に、俺は勢いよく手を合わせつつ頭を下げた。


「ここ、使わせて下さい!」

「えっ……え?」

「俺、勉強したくて!」


久しぶりに家族以外の人間と会話したせいで、片言カタコトになってしまった。それでも2文字以上喋れたのだから、教室に居る時より幾分マシだが。


 「あ、えと……ぜ、全然、使って……ください」

「いいの?!」


顔を上げると、少女はまたビクリと震えた。そしてすぐさま視線を伏せ、一層と背中を丸める。


 「と……図書室は誰でも、自由に使っていいのと思うので……」

「あ、あありがと!」


まともに礼を言うのなんていつ以来だろう。思わず声高にドモってしまった。

 おかげで俺も周りの連中が鋭く睨み付けられたけれど、視線が合うやソソクサと目を逸らされた。


 そんなに悪人面なのかな、俺……。


 などと自問自答して勝手に消沈しつつ、俺は再び席を探した。

 だけどどのテーブルにも生徒が座っていて、必然と相席になってしまう。


(知らん人と相席は気まずいな……ん?)


ふと窓際の席に目を遣れば、先程の女子生徒が4人掛けの席に1人で座っていた。どうやら本を読んでいるらしい。放課後だというのに、わざわざ図書室で本を読むなど酔狂なヤツだ。


(でも、丁度いいや)


俺は徐に彼女の方へ歩み寄った。その気配に気付いた女子生徒は驚いた様子で俺を見上げる。


「ここ、いい?」


斜め前にある椅子に手を触れ尋ねれば、女子生徒はオロオロと周囲を見回してから、目線を合わせないままコクリと小さく頷いた。

 

「……どうも」


俺は素っ気なく返して椅子に腰かけた。

 内心は嬉しくて仕方なかった。久しぶりに他人とコミュニケーションを取ることが出来たから。

 だけど今日会ったばかりの後輩にそれを悟られるのがはばかられた。ニヤケそうになる面を必死に抑え、俺は平静を取り繕った。


 ドキドキと耳の奥で木霊する心音。それを感じながら俺は教科書を開いた。

 だが案の定、さっぱり内容が分からない。たぶん1年の時に急降下した成績が響いているのだろう。


(掛け算の出来ない小学生が分数を出来る訳ないのと同じか)


分かったような理屈をねて教科書を閉じると、俺は大量に並んでいる本棚へと足を向けた。


「んーと……あ、あった」


手に取ったそれは、一年の時に使っていた教科書。


(とりあえず、去年の復習から始めて基礎を固めていこう)


心の中で言い訳をしつつ教科書を片手に元いた席へ戻ると、先ほどの女子生徒が何故か「ほっ」と安堵の吐息を漏らした。

 不思議に思いつつ、俺は懐かしくもない教科書を開いた。その矢先。


 「あ、あの……」


女子生徒が、羽音のように細い声で囁きかけた。



-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


桜葉さんは、昔は大人しくて今とは見た目も雰囲気も全然違っていたのね。とても同一人物には思えないけれど、悠陽はよく受け入れられるわね。

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