第126話 基本的に我が家では火乃香やアイちゃんが洗濯してくれています。俺のパンツも二人が洗濯しています。

 「――う~ん……」


たゆね様の接待という体で飲み会が行われた翌日。折角の休日だというのに、俺は自宅のベッドに寝転がり天井を見上げて唸った。


 『なにかお悩みですか、朝日向店長』


そんな俺の姿に、洗濯物を畳むアイちゃんが平静と真顔で問いかける。


 『やはり、昨夜にたゆね様から受けた御提案の件でお悩みなのでしょうか』

「ん……まぁ、ね」


僅かに言葉を濁しつつ、俺は寝転がったまま答えた。

 彼女の言う通り、俺の脳内ではキングファーマシーさんとの会合の件が渦を巻いていた。

 急成長を遂げて評判も良い調剤薬局の社長。コネクションなんて何ひとつ無い俺にとって、そんな人物と話が出来るだけでも有難い話だ。

 だけど俺は、提案を受けたその場で即答できなかった。おかげで折角の日曜なのに眉間に皺を寄せている状況だ。


 『朝日向あさひな店長は、たゆね様からの御提案に懐疑的なのですか?』

「懐疑的っていうか、イメージが掴めないんだよ」

『イメージ、ですか』

「だって調剤薬局のテコ入れなんて、そう簡単に出来るモンじゃないじゃない」


バスタオルを畳みながら首を傾げるアイちゃんに、俺はようやくと身体を起こしベッドの上に胡坐あぐらをかく。


 「テコ入れって、なに?」


と、今度は火乃香ほのかが俺達の会話に混ざった。アイちゃんの隣に正座して共に洗濯物を畳む義妹いもうとに、俺はコクリと頷いて応えた。


「飲み会でも話したけど、調剤薬局は一般的な小売業とは違う。ドラッグストアならセールや新商品の入荷なんかで広告を打てるけど、処方箋が主体の調剤薬局じゃ宣伝なんて出来ないからな」

「昨日もそう言ってたね」

「そう。だから薬局の努力も必要だけど、門前もんぜん医院の評判とか立地条件の方が重要視される。でもそういうのは一朝一夕でどうにかなるモンじゃないだろ?」

『では、たゆね様の御提案は無意味なのでしょうか』

「無意味って訳ではないケド……一応、テコ入れの方法が無い訳じゃないし」

「どうやって?」


俺のボクサーパンツを平然と畳みながら、火乃香は目を丸めて尋ね返した。


「即効性があるのは、やっぱり薬の仕入れ値かな」

「仕入れ値?」

『それはつまり、医薬品の納入価の引き下げということでしょうか』

「そう。俗に言う【薬価差率やっかさりつ】ってヤツだね」


ピンと右手の人差し指を立て、俺は得意気に返した。


 日本国内で流通している医療用医薬品は、【薬価やっか】と呼ばれる標準価格が国によって定められている。

 【薬価】は日本全国どの地域でも一律の価格となり、患者様にお出しした医薬品の薬価分だけ売り上げとして社会保険や患者様の自己負担額から頂戴している。

 例えば1錠あたり100円と薬価設定されている薬品を10錠処方された場合、100円×10錠で1000円が薬局に入る仕組みだ。

 この価格差が一般に【薬価差率やっかさりつ】と呼ばれている。


 「じゃあ、薬を沢山だしたら儲かるってこと?」

「いや、残念ながらそういう訳じゃない」

「どうして?」

『仕入れ値も【薬価】に準ずるためですね』


火乃香の疑問に答えてくれたアイちゃんに、俺も「そういうこと」と同意を示す。


 「薬価に準ずるって?」

「【薬価】っていう形で薬の値段が国に定められている以上、原則として医薬品は仕入れ値も同じ価格なんだ」

「じゃあ100円の薬を100円で売ってるってこと?」

「売るって言い方は語弊があるけど、ニュアンスとしてはそんな感じだな」

「じゃあ薬局はどうやって儲けてるの?」

「技術料だな。大雑把に言うと薬剤師に掛かる手間賃が収益になるなんだ」

「じゃあ、同なじ薬を10錠出しても100錠出しても、一枚の処方箋から得られる利益は変わらないんだ」

「そういうこと。規定としてはな」


相変わらずの見込みの早い義妹に、俺は「よしよし」と頭を撫でてやった。


 「あれ、ちょっと待って。兄貴、前に卸業者の人と値引きの話してなかった?」

「よく覚えてたな。そう、現実には【薬価】通りに取引している医療機関なんて殆ど無い。どこの病院や薬局も仕入れ価格の引き下げ交渉が行われてる。どころか専門のコンサル会社があるくらいだ」

「じゃあ、医療機関はどこも違反してるの?」

「違反っていうか……アイちゃん、説明お願い」

『承知いたしました』


恭しく頷くと、アイちゃんは火乃香に向かい合った。


 『薬価というのは厚生労働省によって定められている医薬品の流通価格です。その価値を濫りに変更することは望ましい行為では無いため、原則として医薬品の納入価格で利潤を得ることは認められていません』

「要するに、薬であんま儲けたらダメってこと?」

「まあ、そんな感じだな」

「でも実際は値引きされてるんだ」

「ああ。前にも話したかもしれないけど、薬の卸会社ってのは沢山ある。だから自社で薬を卸してほしいがために病院や薬局に対して値下げをしてるんだ」

「ふーん……医療ってのも、結構グレーなんだね」

「……綺麗ごとだけで商売はやっていけないからな」


唇を尖らせ鼻を鳴らす火乃香に、俺は苦笑いで返した。

 先の言葉に嘘は無い。だからこそキングファーマシーとの対談に躊躇している理由もそこにあるのだが……。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


今回のお話では分かり易く「同じ薬を沢山出しても儲けは変わらない規則」としたけれど、処方日数や処方量によって技術料が高くなるお薬もあるの!

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