第125話 どうしてそんなに親身になってくれるんですか?

 「手遅れ勘って、どういうこと?」


重々しい雰囲気の中で呟いた俺の台詞を、火乃香ほのかが怪訝な顔で尋ね返した。


 「たとえば火乃香。お前が新しくコンビニを立ち上げるとして、『朝日向あさひなマート』なんて名前で起業するか?」

「ううん、しない」

「どうして」

「だって流行らないじゃん。コンビニってもうあるし、名前も知らない店とか入りにくい」

「じゃあアパレルや飲食店なら?」

「それならまだアリかな。そういう系のお店なら、個人でやってる所も沢山あるし。名前はもっと工夫するかもだけど」

「ん、その感覚は正しいな。じゃあそのお店をチェーン展開するってなったら?」

「そりゃあ、流行ればイケるんじゃない? SNSとかでバズったり、新しくウケる商品を作ったりしたらさ」

「そうだな。そこが調剤薬局の難しい所だ」


チビリ、俺は泡の少なくなったビールグラスを傾けた。

 火乃香と泉希みずき、それにたゆね様は真剣な表情で俺の話に耳を傾けているが、さくらは話を理解していないのか、腕組みをして眉間に皺を寄せている。


 「調剤薬局は医療機関だけど業種は小売業に分類される。要するにアパレルやコンビニなんかとくくりは一緒ってこよだ」

「そうなのですか!」

「ああ。だけど薬局は処方箋ありきの仕事だ。大雑把に言うと、病気の人が居ないと収益が見込めない。ここに普通の小売業と大きな違いがある」

「そっか。飲食店とかアパレルショップみたいに、広告出してお客さんに来てもらうのが出来ないんだ」

「正解」


さくらとは打って変わって飲み込みの早い義妹いもうとに、俺は「よしよし」と頭を撫でた。


 「おまけに調剤薬局は純利となる調剤報酬がお国によって定められているからね。営業利益を拡大させることが他の小売業よりも難しいのさ」

「つまりそれって、自分で値段をつけられないってことですか?」

「その通り」


長い指先で火乃香を指差せば、たゆね様はワイングラスをぐいと一気に空けた。


「もちろん俺の目標は薬局を事業拡大することだ。けど

それには長い時間と沢山の資金が必要なんだ」

「おまけに昨今の報酬改定は下降傾向にあるの。簡単に言うと、昔に比べて今の薬局は利益が出しにくい状況なのよ」

「そうなの?」

「ああ……って言っても、オフクロが事業を立ち上げた頃より以前の話だから、俺も実際に比較した訳じゃないけどな」

「ふぅん……」

「しかし薬局を事業展開する上で何よりも需要なのは、ドクターとのコネクションだろうけどね」


たゆね様は空のグラスを揺らしながら呟いた。その動きに気付いた泉希が「何か飲まれますか?」とたゆね様に伺いを立てる。


 「ありがとう水城みずしろ先生。では同じ物を頼むよ。ところで店長さん」

「はい」

「君の通っていた大学は医学部もあっただろう。そこで懇意にしていた医学部生などは居ないのかい?」

「うーん……居ないではないですけど、俺は大学を中退しましたから。今は誰とも連絡をとってないんです」

「そうか。せめて若く優秀なドクターが門前で開業してくれれば、事業拡大までとは行かずとも今の店は安泰なんだけれどね」


どこか残念そうに語るたゆね様に、俺と泉希は険しい顔で押し黙った。

 そんな俺達の姿に皆も神妙な面持ちで押し黙る。

 すっかり酔いが醒めた中で、たゆね様は「ふむ」と鼻から息を吐いてワイングラスに手を伸ばした。


 「ひとつ提案なんだが……良ければ一度、この近くにあるキングファーマシーさんを尋ねてはみないかい?」

「キングファーマシー?」

「はっ! 私が以前に勤めていた薬局さんです!」


首を傾げる俺に反して、さくらが勢いよく手を挙げた。

 確か前身のチェーン薬局から独立して、何年か前に新しく事業展開した新進気鋭の薬局だったか。東京にも店舗を出していると知った時は本当に驚いた。


 「そこの薬局さんが上手い事やっているみたいでね。君の薬局と同じく門前医院の院長が御高齢だったけど、若い女医さんを誘致したことで売上を伸ばしたらしい」

「へぇ……」

「そういえば聞いたことがあるわ。診療所と薬局が二人三脚で運営できてる地域医療の見本みたいな店だって」

「そうらしいね。だからそちらの薬局さんの経営を参考にしてはどうかと思ってね。あちらも門前医院は小児科だったから、親和性もあると思うよ」

「その小児科って、たしか『つがみ小児科』って名前のクリニックでしたよね」

「つがみ小児科か……」


泉希の言葉を反芻する俺に、たゆね様はコクリと頷いて応えた。


 「実を言うと、キングファーマシーの社長とはちょっとした知り合いでね。正確には私の高校時代の友人が懇意にしているんだが……良ければ薬局経営のアドバイスを貰うのはどうだろう」

「経営のアドバイス、ですか?」

「ああ。もちろんアポイントは私が取ろう。断っておくけど、これは強制じゃない。話を受けるかどうかは店長さんの判断に任せるよ……ただ、やるとなれば私は協力を惜しまないつもりだ」


どこか冷たくそう言うと、たゆね様はまた小さくワイングラスを傾ける。


 「あの、片桐さん」

「『たゆね』で良いよ。なんだい義妹いもうとちゃん」

「片桐さ……たゆねさんは、どうしてそんなに義兄に親身になってくれるんですか? もしかして――」

「ははは。そんなんじゃないよ」


眉間に皺を作る火乃香に反して、たゆね様は楽しそうに微笑み返した。そうして俺達に一人ずつ視線を遣ると、たゆね様は間接照明の光をワイングラスにかえした。


 「私はただ、君達の居るあの薬局みせが好きなのさ」




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


今回のお話に出てきた『つがみ小児科』は【最近雇ったウチの事務員が可愛くて仕方ない】という謎小説に登場する小児科医院さんよ!

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