第118話 俺と泉希とオフクロと②
「
神妙な面持ちで真っ直ぐにオフクロを見つめる
思いがけない泉希の告白に俺は面食らった。てっきり俺達が付き合っている事は、言わないものとばかり思っていたから。
正直に言うと、俺は泉希との件をオフクロに話したくなかった。オフクロのことだから「従業員に手を出すなんて以てのほかや」とか言われそうで、結婚する寸前まで黙っていようと考えていた。
たぶん泉希はそんな俺の思惑には気付いていたと思う。でもアイツは俺のオフクロのことを本当の母親みたく思っているみたいだし、根が真面目だから騙すような真似は出来ないのだろう。それが証拠に心なしか彼女の横顔が強張って見える。
こうなってはもう後にも引けない。正直に全てを打ち明けて、オフクロに納得してもらうより他に無いだろう。俺はいよいよと
「俺からも頼むわオフクロ。泉希との交際、どうか認めてくれ」
両膝に手を置いて、机に額が触れそうになるほど、俺は深く頭を下げた。こんな風に面と向かってオフクロに襟を正したのなんて、たぶん初めてのことだと思う。
恥ずかしくないと言えば嘘になるし、かなり照れ臭い。だけどそれ以上に、泉希と一緒に居たいという想いが勝っていた。
俺なりの覚悟。それを態度として表わしたつもりだった……のだが。
「お付き合いって……アンタら、まだ付き合うてなかったん?」
そんな俺の覚悟とは裏腹に、オフクロはキョトンとした声で尋ね返した。
あまりにも予想外なオフクロの反応に、俺と泉希は「「えっ?」」と素っ頓狂な声を重ねてしまう。
「いやアタシてっきり泉希ちゃんか、あのアイちゃんいう子ぉと付き
「いや、やかましぃわ!」
先程までの真摯な気概は抜け落ちて、俺は
「い、いいんですか?」
「イイも何も、アタシずっと泉希ちゃんが悠陽と結婚してくれへんかな思ててんよ。可愛いし真面目やし仕事できるし薬剤師やし。いや~、これでアタシも安心して
泉希は口元に笑みを浮かべて俺に視線を向けた。歓喜の声を上げたいけれど一生懸命に我慢している姿が可愛くて、俺も口端を緩ませ微笑み返す。
「せやけど、お互いの家に従業員が
だがそんな俺達の喜びに水を差すよう、オフクロが怪訝な顔で問うた。他人を気落ちさせるのが得意技なのか、追い打ちの如く顔を
「なんやこの子、いま未成年の子と一緒に暮らしてるらしいやん? しかもすごい可愛いて」
「はい、それは間違いないです。本当に可愛いんですよ、
「そうなん?」
コクリ、泉希は落ち着いた様子で首肯した。けれどオフクロの眉間には一段と深く
「いやそれ聞いて余計に心配やわぁ。いつ悠陽がその子に手ぇ出して犯罪者になるか分からんし」
「そ、そんなことは流石に無いと思いますけど……こう見えて悠陽さん、根は真面目ですから。普段は少しお馬鹿っぽくて適当に見えますけど」
「んー、それはそうやけど」
褒めてるのか
「この件については私もちょっと考えるわ。一応ウチの従業員の問題やし、火乃香ちゃんも桜葉さんって子もウチの元旦那が原因みたいやからね」
「悪いな、オフクロ」
「しゃーないわ。せやけど泉希ちゃん気ぃつけな。この子、ホンマ旦那とよう似てる所あるから、浮気とかせんよう首輪付けときや」
「浮気……ですか」
神妙な面持ちのまま泉希はオフクロの言葉を繰り返して、何を思ったかジトリと俺を睨みつける。まさか俺が浮気をするとでも思っているのか。いや確かにアイちゃんや火乃香の誘惑に幾度となく負けそうになったけれども。
「まあでも、二人がそういう仲になってくれて私も嬉しいわ。大学も辞めてあんな小さな薬局でしか働いてないこの子が、人並みに結婚なんて出来るか心配やってん。それが泉希ちゃんみたいな綺麗な娘と……アンタ、本当アタシに感謝しぃや」
恩着せがましさMAXのオフクロに、俺は「フンッ!」と強く鼻を鳴らしてそっぽをむいた。そんな俺の姿に泉希は「クスクス」と楽し気に微笑む。
なにはともあれ、オフクロが俺達の関係を認めてくれて良かった……と、安堵していたのも束の間。
「ただ、一個だけ条件飲んで貰える?」
オフクロの放ったその一言が、浮かれる俺と泉希を緊張に包み込んだ。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
薬剤師でない悠陽も調剤薬局の経営は出来るけど、かなり難しいのが実情よ。薬剤師の中には非薬剤師に従うこと自体を嫌がる人も居るから。
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