第114話 さくらの問題
「――
険しい表情を浮かべる泉希は、何かを決心したように調剤室へさくらを呼び寄せる。言い様の無い緊張感に包まれる中、今さくらの問題が浮き彫りになろうとしていた。
入職してまだ3日目だと言うのに……。
◇◇◇
「――あの、すみません。この薬って、小学生の子供が飲んでも大丈夫ですか?」
昼の休診時間中。処方箋薬ではない一般用の市販薬をお求めの患者様が御来局され、研修業務中だったさくらへお尋ねになられた。
お手に取られていたのはごく一般的な酔い止め薬だった。これも研修の一環と、さくらに対応を任せ俺は後ろで見守っていた。
「えーっと、はい! こちらの裏面に書いている通りかと思います!」
患者様から酔い止め薬を受け取ったさくらは、臆面もなく明々とした笑顔で答えた。
たしかに一般薬の箱には年齢に応じた服用数も記載されているが、あまりにも堂々かつ簡素な回答に俺も患者様も呆気に取られてしまった。
「あ……えっと、ウチの子アレルギーがあるんですけど、大丈夫ですか?」
「なんと! アレルギーですか!」
「あ、はい。アレルギー性鼻炎で病院に掛かって、薬も貰ってます」
「なるほど! では少々お待ちください!
なんとも明るく大胆に、さくらは後ろで見ていた俺に助けを求めた。
患者様から用法について聞かれるくらい、薬局に勤めていれば普通のことだが……まだ入職して間もないから、緊張しているのだろうか。
とりあえず、俺はさくらとバトンタッチして受付越しに患者様と
「お子様は他にお薬を服用中されていますか?」
「はい。鼻炎薬を貰ってます」
「そちらのお薬の名前などは分かりますか?」
「あ、これです」
患者様は薬の現物をお出しになられて、俺に渡して下さった。一般販売用の薬なら俺も答えられるが、処方箋が必要な医療用薬は管轄外だからな。
「さくら。この薬って抗ヒスタミンだよな」
「うーん、分かりません!」
「……へっ?」
明るく笑って断言するさくらに、俺は思わず間抜けな声を漏らした。とはいえ薬なんて山ほどあるし、自分が扱ったことのない物は、薬剤師とはいえ即答できないか。
『はい。そちらの医薬品は抗ヒスタミン剤に分類されます』
だがその時、背後からアイちゃんが助け船を出してくれた。彼女の言う事であれば、まず間違いはないだろう。
「じゃあこの酔い止めと併用するのはマズいかな」
『明言は致しかねます。というのも、こちらの薬による副作用は――』
そうしてアイちゃんは事細かに説明をしてくれた。最終的には『処方元のドクターにお伺いするのが最も確実で安全』という結論に落ち着いた。診察をしていない俺達では
「万が一こちらのお薬がNGだった場合、症状が軽度であれば飴やチョコレートを口に含むことで緩和される場合もあります。良ければお試しになってみてください」
「へー、そうなんですね」
「はい! 先輩の言う事に間違いはありませんので御安心ください!」
自信満々ガッツポーズを取りながら、さくらは患者様の目を真っすぐに見つめて言い放った。その姿に俺も患者様も思わず笑ってしまう。
「あははっ……じゃあ、これ頂きます」
「あ……ありがとうございます。さくら、こちら袋にお入れして」
「はい喜んで!」
満面の笑顔で、まるで居酒屋のように明るい口調。ミスマッチなその言動に、患者様はまた吹き出された。当の本人はなぜ笑われているのか分かってない様子だけど。
「なんか、あまり薬剤師さんっぽくないですね。白衣を着てる人って気難しい印象があったから、なんかイメージ変わりました」
「なんのなんの! それほどでもありません!」
胸を張ってあっけらかんと答えるさくらに患者様はまた柔和に微笑まれて、帰り際には「今度からココでお薬も貰います」と仰って下さった。
ともすればお怒りを買うような遣り取りに後ろで聞いている俺は内心ヒヤヒヤしていたが、さくらの人柄がそうさせるのだろう。たぶん俺とアイちゃんだけならこうはならなかった。
◇◇◇
「――っていうことがあって。なっ、さくら」
「はい! 先輩も
『恐れ入ります』
昼休憩から戻ってきた
「
そして何かを決心したように、険しい表情を浮かべたままさくらを調剤室の方へ呼び寄せる。言いようの無い緊張感に包まれる中で、さくらの問題が浮き彫りになろうとしていた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
悠陽は薬剤師では無いけど、登録販売者という資格を持っているわ。この資格を持っている人なら店頭で売られている一般用医薬品の指導はOKなの。
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