第113話 アイちゃんの問題

 『――それと、こちらの引き出しには向精神薬こうせいしんやくが収納されています』

「なるほどです!」


病院の休診時間を利用して、アイちゃんがさくらにオペトレをしてくれている。もちろん俺や泉希みずきも指導はするけど、薬や消耗品の配置ならアンドロイドであるアイちゃんの方が完璧に把握しているからな。配置だけでなく、薬の有効成分や法規にかかる事も彼女に聞けば即解決だから、本当に助かっている。

 雑務を御願いしても二つ返事でOKしてくれるし、掃除や消耗品管理なども完璧。まさに理想的な従業員と呼んで良いだろう。

 だがそんなアイちゃんにも、唯一の欠点とも言える大きな弱点があった。


 「――ちょっとぉ~、まだ薬用意できないの!? こっちは病院でも待たされてたんだけど!」

『申し訳ございません』


アイちゃんの最大の弱点。それは接遇――患者様との遣り取りだ。どうやら今は病院で長時間待たされた患者様から八つ当たりをされるらしい。


 「アナタねぇ、さっきからなにその態度! 本当に悪いと思ってるの! こっちはお客様よ!」

『申し訳ございません』


怒りのボルテージを上げる患者様に対してアイちゃんは努めて平静。だけどその温度差が、より一層と激しい対流を生む。

 無論アイちゃんに悪意など一切無い。だが真顔の謝罪や弁明は患者様に悪い印象を与え、誤解を招いてしまうことも多い。


「すみません。彼女、ちょっとシャイなもので」


平身低頭、取り繕った笑顔を浮かべて代わりに俺が謝罪をする。こんな軽い頭で良ければ幾らでも下げるが、問題はそんな現場を目の当たりにした他の患者様が、決して良い気分にはならないということだ。最悪の場合、「あそこの薬局は民度みんどが低い」などと言って二度と来てくれないかもしれない。

 薬局は所詮しょせんサービス業。風評被害ほど怖いものも少ない。


 問題は他にもある。薬剤師でないアイちゃんが白色の白衣を着ている点だ。

 正確に言うと、白色の白衣を着ているのに服薬指導や薬のアドバイスが出来ない点が問題なのだ。


 ウチの薬局は薬剤師が白色の白衣で、事務員がそれ以外の色と決めている。例えば事務員の火乃香ほのかは薄桃色の白衣だが、泉希とさくら、そしてアイちゃんは純白の白衣を身に着けている。

 白衣を色分けしているのは「薬剤師以外の従業員が調剤や監査をしていませんよ」という、いわゆる透明性と健全性を示すためだ。

 だけどアイちゃんは薬剤師でも事務員でもない、AIVISアイヴィスというアンドロイド。それゆえに普通の事務員は出来ない調剤や監査といった補助行為も行えるのだが、服薬指導をはじめ薬のアドバイスは認められない。

 機材や装置を使って粉薬を混合したり軟膏を練り合わせたりはOKだけど、録音した音声で患者様に薬の説明をするのはNGなのと同様だ。当然薬剤師の免許も持っていない。

 アイちゃんが派遣社員としてウチに来た当初、俺は彼女を普通の薬剤師だと思っていたから白衣は白を渡した。それから少ししてAIVISであると分かったけれど、基本的に調剤室で業務をしてもらうためにそのまま白い白衣を貸与していた。


 だけどそんな裏事情……彼女が人間じゃないアンドロイドだなんて夢にも思わない患者様からすれば、アイちゃんはあくまでも薬剤師。薬の専門家に薬のことを尋ねて『答えられません』なんて言われた日には、不信感を覚えるのもせん無いことだろう。


 当然以前の反省を活かしてアイちゃんには調剤室での業務を重点的に御願いしているし、患者様から薬についてお伺いされた際は泉希にバトンタッチするようお願いしている。それでも「なんで変わるんだ」などと苛立つ患者様が居るのも事実。


 こればかりは「仕方がない」「運が悪かった」と見て見ぬフリをしていたけれど、近いうちに御隣の小児科クリニックさんも診療を再開される。

 折角さくらが入社して人手不足が解消されたのに処方箋枚数が減ってしまっては元も子もない。何とか良い解決策を講じなければ。

 そう考えていた矢先。まるで俺の不安を嘲笑うかの如く、今度はさくらの方にも問題が見つかった。

 ともすればアイちゃんよりも重要な問題が……。



-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


職位によって白衣の色を変えるのは多くの薬局さんで取り入れられているわ。ちなみに悠陽は白や水色の白衣を着たり着なかったりするわ!

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