第112話 火乃香とふたりで動物園③
ひとしきりウサギやモルモットと戯れた俺達は、リスやカワウソなど小動物の居るエリアを抜けてコアラのブースへとやって来た。
数匹の
「ねえ兄貴、ちょっとお腹空かない?」
そんなコアラの姿に触発されたか、不意に
「そういや、腹減ったな」
コアラのブースを出た俺は腹を擦りながら答えた。さっき中途半端にソフトクリームを食べたから、余計に胃袋が刺激された気がする。
「じゃあ、そこでお昼にしよーよ」
そう言って火乃香は木陰に設けられているテーブルを指差した。ふと周りを見れば、弁当や軽食を食べる客の姿がちらほらと伺える。
「んじゃあ、売店で何か買ってくるか」
「それは大丈夫。お弁当、作って来たから」
チラリ、火乃香は肩に掛けているトートバッグを一瞥した。今朝早起きしていたのはそれが理由だったのか。
早足に向かう火乃香に先導されて、俺はテーブルベンチに腰を降ろした。
「火乃香の弁当か。こいつは楽しみだな」
「や、あんま期待しないでよ」
頬を赤らめ眉根を寄せながら、火乃香は木製のテーブルに弁当を広げた。その瞬間、俺は「うおっ!」と驚愕の声を漏らした。
火乃香の手作り弁当なら以前にも食べたことがある。あの時は仕事の昼飯用だったから品数も少なめだったけど、今日は明らかにグレードが違う。
オニギリ、唐揚げ、卵焼き、ウインナーにきんぴらレンコン。緑黄色野菜を使った炒め物にナポリタンやプチトマトなどなど……思わず涎が出そうな見た目に、腹の虫はいよいよ唸り声をあげた。
「めっちゃ美味そう! いただきます!」
有無を言わせず手を合わせて、俺は勢いよく弁当にがっついた。卵焼きはほんのりと甘くて、唐揚げは片栗粉で揚げている。きんぴらも程よい塩味で、全てが俺好みの味に仕上がっている。
「どう?」
「美ン味い! やっぱ火乃香のメシは最高だな!」
思考のフィルターを介さず腹の底から出た言葉。それに気を良くした火乃香は「ふふん」と得意気に鼻を鳴らした。
「でも、これだけのオカズ作るのは大変だったろ」
「それは大丈夫。アイさんが手伝ってくれたから」
「あ、なるほど……」
とは言え俺が弁当の存在を知らないということは、かなり早起きをして作ってくれたはず。本当に、今日ここへ来ることを楽しみにしていたのか。
「はい兄貴、お茶」
「お、ありがとう」
火乃香から受けとった麦茶で喉を潤し、俺はまた勢いよく食べ進んだ。そんな俺の姿を火乃香が優しく見つめている。
「わたしね、こんな風に家族とお弁当を食べるのがちょっと夢だったんだ」
「そうなんか?」
「うん。だから今、すごく幸せ」
どこかくすぐったい風に微笑みながら、火乃香も小さくオニギリを齧った。俺はそんな
「こんな夢で良ければいつでも見せてやるよ。俺もお前の作った弁当なら、何度でも食べたいからな」
「……うん!」
明るい声で大きく頷くと、火乃香は徐に俺の頬へと手を伸ばした。そうして俺の口元についた米粒を取ると、照れ臭そう自分の口へ運ぶ。ペロリと舌を出し指を舐める姿が妙に色っぽくて、俺は誤魔化すように再び弁当にがっついた。
「ねえ、兄貴」
「うん?」
「これって、デートだよね」
ピタリ、箸を持つ俺の手が止まった。けれど俺はすぐさま顔を上げて、精一杯の笑顔を作ってみせた。
「当たり前だろ。これがデートじゃなけりゃあ他の何がデートだってんだ」
吹っ切れたように言うと、火乃香は恥ずかしそうに顔を赤らめながら微笑んだ。その姿が可愛らしくてつい彼女の桜色の頬をつつくと、火乃香は「もうっ」とはにかみながら俺の手を払った。
「悪い悪い。お詫びに、晩飯は火乃香の好きなモン食べ行こうな」
「本当っ?」
「おう! 何がいい?」
「じゃあ、”ホテルビュッフェ”っていうの行ってみたい! 自分で料理とかスイーツ選べるやつ!」
嬉々として身を乗り出す火乃香に対して、俺は引き攣った笑みを浮かべながらを財布の中を確認した。
「……スイパラでもいい?」
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
現在「近況ノート」にて火乃香ちゃんのイラストを公開しています。実は今回AIにイラストを描いて貰ったの。良ければ御覧ください!
https://kakuyomu.jp/users/hino-haruto/news/16817330665331194462
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