第111話 火乃香とふたりで動物園②
ペンギンの
だけどなんとなく会話は無くなって、
だがそれでも、俺達は繋いだ手を離さなかった。
近いのに遠い距離感。言葉に出来ない緊張感が俺と火乃香の間に生まれた。
それに加えて降り注ぐ太陽の熱。額に汗を浮かべる俺は、偶然と見つけた移動販売車の方へと火乃香を引っ張った。
「どうしたの?」
「暑いだろ。何か冷たいものでも食べようぜ」
そう提案すると、火乃香は少しだけ戸惑いながらソフトクリームのメニューに視線を落とした。
「じゃあ、バニラソフト」
「おっけー」
販売員のお姉さんもバニラ味のソフトクリームをひとつ注文し、火乃香に受け取らせると俺はすぐさま次のブースへと足を向けた。
「兄貴は要らないの?」
「おう。かわりに火乃香のちょっとくれ」
「あ、うん……どうぞ」
「サンキュー」
まだ口をつけていないソフトクリームを手ずから差し出されて、俺は大きな口を開きソフトクリームに喰らい付いた。
「ちょっ、ひと口でいき過ぎ! 半分くらい無くなったし――って、兄貴!」
声を上擦らせて火乃香は俺の顔を指差した。なにせ俺の鼻と口周りには、ベッタリとソフトクリームが着いているのだから。口の周りが冷たくベタベタして、エッセンスの甘い香りが鼻をつく。
「もう~、なにしてんのさ!」
「悪い。つい美味そうで」
「なにそれ。わたしより
文句を言いつつ苦笑を浮かべて、火乃香は俺の顔についたクリームを拭ってくれた。
「ホント、兄貴ってバカだよね」
「そんなに褒めるなよ」
「いや褒めてないから」
溜め息混じりに言いながら火乃香はペロリとソフトクリームを一口食べた。その甘さと冷たさに頬が緩んで、次第と明るい笑顔を取り戻していった。
やっぱり、ウチの
気付けば火乃香は自然な笑顔を取り戻して、俺達の間に生まれていた微妙な距離感も無くなった。
「てか、兄貴の顔から甘い匂いするんだけど」
「奇遇だな。俺も同じこと思った」
「あんだけ顔にソフトクリーム付けたら当たり前でしょ。ちょっとそこのトイレで顔洗ってきなよ」
「そうだな。このままだと蟻に
繋いだ手を離してトイレに向かうと、火乃香がハンカチを貸してくれた。
洗面台で顔を洗い火乃香に借りたハンカチで口周りを拭うと、バニラエッセンスとは違う優しい甘さが俺の鼻腔を
「お待たせ」
「ん、お帰り」
外で待っていた火乃香はチロチロとソフトクリームを食べていた。クリームに小さな舌を這わせる姿はどこか
というか、なんだか今日の火乃香はキラキラして見える。
「もしかして、化粧してるんか?」
「うん。前に
少しだけ照れ臭そうに、はにかみながら火乃香は答えた。普段は仕事中でもすっぴんちゃんだし、ウチに来た頃は化粧道具すら無かったから驚いた。
「もしかして……あんま似合ってない?」
「そんなことないぞ。よく似合ってるし可愛い」
「……そっか」
ポツリ小さく呟いて、火乃香はまたソフトクリームを一口舐めた。てっきり喜んでくれるかと思ったけど、さっきよりも笑顔が薄れて見えた。
だが怒っている様子はない。それが証拠に火乃香は俺の手をとると、また愛らしく笑って「はやく次の動物見に行こう」と俺を急かした。
アザラシのブースでは自由気ままに泳ぐずんぐりむっくり達を愛でた。のほほんとした姿に、俺も火乃香も自然と表情が綻んだ。
触れ合いコーナーでは小さな子供達に混ざりモルモットやウサギなどの小動物たちと戯れた。よほど動物が好きなのだろう。無邪気にウサギを抱く
そんな俺の隠し撮りに気付いた火乃香は、振り返るや頬を膨らませ近付いてきた。
「写真撮るなら、一緒がいい」
ウサギを抱いたまま俺の隣に肩寄せ並ぶと、火乃香は携帯電話を取り出し内側カメラを掲げた。画面には俺と火乃香と白いウサギが映し出される。
そういえば、火乃香がウチに来てから一緒に写真を撮った覚えが無い。さくらの件もあるし、これからは思い出を形に残していこう。こんなにも可愛い子が、いつまでも
「ほら兄貴、もっと笑って」
「お、おう」
胸の中に浮かんだ黒い靄を誤魔化すように、ニカッと歯を見せ火乃香と二人写真の中に収まった。
この
写真の中のふたりに、俺は心の声で囁きかけた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
このお話の中では敢えて『携帯電話』と表記しているけれど、全部スマートフォンだと思ってもらって問題ないわ。あまり話には影響無いけれど。
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