第115話 ロッキーロードはアイスのフレーバーです
「――もう一度聞くわね
神妙な面持ちに何事かと思えば、何のことはない簡単なクイズだった。
このクイズの答えは【抗血小板薬】か【抗凝固薬】という違いだ。この辺のことは大学時代に習うから、中退の俺でも一応と知っている。国家試験をパスしている薬剤師なら知っていて当然の問題だ。
「名前が違います!」
だがしかし。さくらは自信満々に素っ頓狂な回答をした。
冗談かとも思ったが、あの天然な雰囲気はフザケている感じではない。それが証拠に泉希は顔を青く石のように固まってしまう。けれどすぐに気を取り直すと、今度はいくつか薬を取り出しさくらの前に提示していった。
「この薬……ロキソニンの主成分は?」
「ロッキーロードです!」
「湿布薬の使用上の注意点は?」
「クシャクシャに貼らないことです!」
「葛根湯の主な効能は?」
「元気になります!」
「薬が入ってるこの包装の名前は!?」
「プチプチですっ!!」
「薬を入れる袋の名前はっ!?」
「おフクロです!」
すべての質問を威勢よく間違えるさくらに、泉希は力無く膝から崩れ落ちた。
そう――さくらは薬剤師ならば当然知っているはずの知識がまるで無かったのだ。正直、非薬剤師の俺や
「実は私、記憶喪失になった日より以前のことは殆ど覚えておりませんで!」
疑念はその一言が全てを解決した。思えばウチに押しかけて来た時から、どことなく会話が噛み合っていなかった気がする。
有名な大学をストレートで卒業した才女だし、高校の頃も頭が良かったからな。即戦力になると期待していただけに、正直残念ではある。
とはいえ記憶喪失の原因がウチの親父にあるのだから、「そんな大事なことは先に言っておけよ」なんて強くも言えない。
だがそんな俺以上に、泉希はさぞかし落ち込んでいることだろう。
待ちに待った薬剤師が、それも自分と同い年で経験もある若い女性が入職してくれたのだ。その期待の高さは落下時のエネルギーも凄まじいはず。きっと立ち直れないくらいに落胆しているはずだ……と思いきや。
「分かったわ。なら当面、桜葉さんは薬の知識がゼロっていう前提でシフトを組みましょう」
立ち上がった泉希は存外ケロッとしていた。むしろ俺の方が肝を冷やしている。
「大丈夫か、泉希」
「なにが?」
「さっきめっちゃ落ち込んでたやん」
「まあね。でも一応予想はしていたから」
「そうなのか?」
「三日も四日も一緒に住んでたら、そりゃなんとなく分かるわよ。それでも半信半疑だったから、さっきはちょっと驚いたけど……朝日向先生から似たような話も聞いた事があるし、新人さんを雇い入れる時点で多少は覚悟してたから」
「オフクロから?」
小首を傾げて尋ねる俺に対し、泉希は大きく頷いて応えた。
◇◇◇
昭和の時代は薬学部もまだ4年制で、その他の理系学部と大差ない位置付けだったらしい。それゆえに薬剤師免許を取得しながらも、医療現場や研究方面へ進むのではなく一般の企業に就職する人も多かったのだとか。
また今でこそ夫婦共働きは一般的だけれど、昔は薬学部を卒業してすぐ家庭に入る女性も多く、国家資格を取得してから何十年と薬に触れない人も居たようだ。
そんな世代の人達――ペーパードライバーならぬペーパー薬剤師が、定年退職後の再就職先、あるいは子育て後のパート仕事として調剤薬局を選ぶことは割とあるらしい。
だが当然と最新医療については何も知らないし、薬の知識なども皆無。昭和や平成の時代の常識が、今の御時世では罰則対象になることもある。
『そんな人達でも薬剤師の資格を持っていれば食いっぱぐれないから』と、大学生の頃ウチへ研修に来ていた泉希はオフクロに聞かされていたらしい。思えば俺も進路を選択する時、オフクロから似たような事を言われてたっけ……。
◇◇◇
「そういうことだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ。彼女は真面目で素直な性格だし同い年だからね。丁寧に教えてあげれば、きっと大丈夫よ」
「だと良いけどな」
「きっと大丈夫よ。それに私、ちょっとした妙案を思いついたから」
「妙案?」
「そう。ウチの薬局でしか出来ない方法でね」
不安から眉を
――そして次の日。
「
あろうことか、さくらが服薬指導をしていた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
今回私が出題したクイズの正解は「ロキソプロフェンNa」「光過敏症の注意」「風邪の諸症状」「ヒート」「
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