第116話 何事も適材適所よ、経営者さん?

 「――北河きたがわさーん。北河きたがわ優羽菜ユウナさーん!」


その光景に俺は度肝を抜かれた。なにせ薬に関する記憶を失っているはずのさくらが、服薬指導くすりのせつめいをしているのだから。


 「お待たせしました北河さん! えー、本日はどのような症状で受診なされましたでしょうか!」


言葉遣いは多少チグハグだけど、服薬指導の体裁は保っている。彼女の一番の持ち味ともいえる満開の笑顔も相俟あいまって、見ているこちらも気持ちが良い。


 「ふむふむ、なるほど! 体育の授業中に足首をひねってしまわれたのですね!」

「はい。えっと、今日学校で――」


うんうんと大きく頷きながら、さくらは年配女性の話を真面目に傾聴している。診察を受けたのは女性のお孫様と思しき小学生の女の子か。


「しかし……」


気になる点が一つだけある。さくらの手が一向に動いていない事だ。服薬指導は必ず患者様からお伺いした症状などをメモして、それをデータや紙媒体に清書し残さなければならないのだが。


「うん?」


けれど疑問はすぐに解消された。よく見ればさくらの耳にワイヤレスイヤホンが装着されている。

 その通信相手は、恐らく調剤室の隅でノートPCを操作しているアイちゃんだ。彼女もまたヘッドセットを装着している。


 『痛みはいつ現れましたか』


調剤室のアイちゃんがノートPCを操作しながら呟いた。


「痛みが出たのはいつ頃でしょうか!」


すると今度はさくらが同じ内容を患者様に尋ねる。どうやらアイちゃんの声がさくらのイヤホンに届いて、それを患者様にお伝えしているらしい。


 「ふむふむ、足をくじいてすぐですね!」


患者とさくらの遣り取りは、アイちゃんが全てノートPCに記録している。さくらがメモを取っていない理由も納得だ。


 『本日の処方薬は、非ステロイド系消炎鎮痛剤と捻挫症状に用いられる漢方薬の2点となります』

「ではでは今日のお薬はですね、ヒィステロイドケーのショーエンチンツーザイと、捻挫に効くカンポー薬になります!」

『こちらの漢方は併用禁忌薬があります。現在服用中のお薬をお伺いしてください』 

「はい! 今飲んでいるお薬などありますか?!」


まるでオペレーターのごとく、アイちゃんがインカム越しに指示を出していく。さくらのあの口振りから察するにアイちゃんの言葉の意味は理解していないのだろうが、確かにこれなら薬の知識が無くても服薬指導が出来る。

 会話のメモを取る必要が無いから話にも集中できるし、アイちゃんの固い言葉遣いもさくらが柔和にすることで伝わり易い。


 「それにしてもお嬢さん、キチンと病院に来れた貴女はとても偉い! お姉さんが特別に【偉かったで賞】の飴ちゃんを贈呈しましょう!」


人好きのする笑顔で言いながら、さくらはポケットから飴玉を取り出し患者様の少女に差し出した。


 「……ありがと」


吊り上がった目尻で訝し気にさくらを見上げながら、少女は少しだけ恥ずかしそうに呟いて飴玉を受け取る。


 「お礼も言えるとは更に素晴らしい! きっと足もすぐに治るはずです!」


グッと親指を立てれば、患者様の少女もつられるように微笑を浮かべた。あのフレンドリーさは、他人には真似できないさくらの特殊能力だな。


 「どう、私の考えた


調剤室から見守っていた俺に、泉希みずきが得意げな様子で近付いてきた。


「いや恐れ入ったよ。薬の知識が無いさくらをアイちゃんがフォローするれば、二人の持ち味を活かせるし欠点を補い合える」

「そう。他の薬局では絶対に真似できないウチ独自の対処法よ。まあ、二人でやっと一人前って感じだけどね。シフトは一緒にしないとだし、グレーな気もするけど」

「それでも流石だよ泉希。少なくとも俺は考えも及ばなかった」

「何事も適材適所よ、経営者さん?」


「フフン」と自慢げに鼻を鳴らして、泉希は相変わらず控えめな胸を張ってみせる。そんな姿が愛らしくて、俺は思わず泉希の頭を撫でた。


 「えへへ……私、役に立った?」

「当たり前だろ。つーか泉希にはいつも助けられてるし。お前が居なかったら、この店はとっくに閉店ガラガラだからな。本当にありがとう」


言うと同時に泉希はニコニコと、俺の手を取りぎゅっと両手で握りしめた。


 「それじゃあ、ひとつ御願いがあるんだけど」

「御願い?」


オウム返しに尋ねれば、泉希は頬を赤らめたまま上目遣いに俺を見つめた。


 「今度、特別ボーナス欲しい」

「ボーナス?」


はにかんだ笑顔のままコクリと頷く泉希に反して、俺は引き攣った笑顔と共に冷や汗を浮かべた……。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


今回のお話で登場した患者様の北河優羽菜さんは、【美少女アンドロイドばかりの世界で機械の治療スキルを持った俺】という、非常につまらないお下品な小説に登場するヒロインの幼少期なの! 読むと脳細胞が死滅するような謎の文字列だから、絶対に読んじゃあダメよ!

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