第120話 泉希とさくらのエトセトラ①
「――お邪魔致します!」
「……どうぞ」
薬局の買収騒ぎが一件落着した金曜日。私は自宅のマンションに
「せっかく
「むむっ! なにか仰いましたか!?」
「な、なんでもないっ!」
私は慌てて誤魔化した。
本当は悠陽ともっと一緒に居たかった。もう少しで彼とキスが出来たのに、彼女の来訪によって妨げられてしまったから正直私も不完全燃焼だ。
「こちらが
「よ、余計なお世話よ! 管理薬剤師なんかやってると掃除する暇も無いの!」
「なるほど、それで服や小物らが床に散乱しているのですね!」
「ちょっ、あんまりジロジロ見ないでよっ!」
部屋の中を見回す桜葉さんの目を、私は両手で覆い隠した。確かに整理整頓はされていないけど、他人に言われると尚のこと恥ずかしい。
「はっはっは! 良いではありませんか、女同士なのですから!」
あっけらかんと笑いながら、桜葉さんは風呂敷包みとキャリーケースを部屋の片隅に置いた。なんというか、彼女は私と対極的な印象だ。
「まったく……ところで、ウチにベッドは一つしか無いんだけど?」
「私ならば問題ありません! 多少狭かろうと、朝まで爆睡する自信があります!」
「狭かろうって……まさか一緒に寝るつもり!?」
「モチのロンです! 家主である水城先生を固い床の上で寝かせる訳には参りませんから!」
「しかも私が譲歩する側だったの!?」
◇◇◇
「――いやはや良いお湯でした! 心も体も綺麗サッパリです!」
「……良かったわね」
私の青いバスタオルを頭に乗せ、Tシャツ姿の桜葉さんが蒸気立たせて風呂から出てきた。余程心地が良かったのか、随分と長風呂だった。おかげでその間、私は悠陽と長電話が出来たけれど。
(キスNGは、ちょっとやり過ぎたかな)
今になって少しだけ後悔した。私だって出来ることなら悠陽とイチャイチャしたい。けど
「いやはやまったく、生き返った気分です!」
まあ、この桜葉さんは、そういう負の感情とは無縁そうだけれど。
「そういえば水城先生! 先ほど誰かと御話されておられましたか? お話声が聞こえた気がするのですが!」
「え……き、気のせいよ!」
「そうでしょうか?」
「そうよ! それより貴女、まさかTシャツ一枚で寝るつもり?」
「はい!」
「寝間着とかパジャマは?」
「荷物になるので全て処分しました!」
「……」
なんという大胆不敵……というか、向こう見ずな人なのだろう。呆れて物も言えないとはこのことだ。
「なーに。明日のパンツと少しのお金があれば、人間生きていけるものです!」
「そんな訳ないでしょ。実際ウチの店に来るなりお腹が空いて倒れてたじゃない!」
「はっ! そういえばそうでした!」
桜葉さんは気にも留めていない風に明るく笑った。一挙手一投足が
「ああ……もういいわ。今日は色々あって疲れたし私は寝るから」
「はい! おやすみなさい!」
警察官の最敬礼みたく応える桜葉さんに対し、私は適当にあしらってシングルベッドに横になった。
すると宣言通り、桜葉さんも布団の中に潜り込んできて。
「結局一緒に寝るのね……あ、ちょっと、そんなにくっつかないでよっ」
「まあまあ良いではありませんか! 持ちつ持たれつ良い関係を築きましょう!」
「私なにも持たれて無いんだけど。片害共生だわ」
「はっはっは! よく分かりませんが、水城先生もお喜びのようでなによりです!」
「喜んでないんだけど。さっき知り合ったばかりの他人が同衾してくるなんて普通に迷惑なんだけど」
「そんな
「お、お友達?」
「違いましたか?」
「違う、っていうか……私、友達っていうのがあまり分からなくて。人付き合いとか苦手だったし、家庭の事情とかもあって……」
「そうでしたか! ならば私と同じですね!」
「嘘。貴女、気さくで知り合いも多そうじゃない」
「そうでもありません! 以前の私はとても消極的な性格だったようで、写真はいつも一人で写っていましたし、日記も先輩のことばかりでしたから!」
「それにしては、全然悲観的じゃ無いわね」
「はっはっは! それはもう! 悲しむための記憶も今の私にはありませんので!」
「な、なんか……ごめんなさい」
「何を謝られますか! 記憶が無くなった御陰で、私は先輩とまたお会い出来たのですから!」
屈託なく笑う桜葉さんに、私はそれ以上何を言う事も出来なかった。夏の向日葵みたいに明るい笑顔。
真っ直ぐと
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
さくらさんは記憶喪失だけど、悠陽の事だけは少し思い出しているみたい。ただ写真などの記録と実際の記憶が混同している部分もあるようね……。
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