第123話 今日は楽しい接待だ~

 「――それじゃあ、朝日向あさひな調剤薬局の新たな門出を祝ってぇ~~乾杯!」

「乾杯」

『乾杯』

「カンパイ」

「乾杯です!」


俺の音頭に合わせて、皆は思い思いのグラスを掲げ打ち合わせた。



 ◇◇◇



 オフクロに薬局の無事を知らせてから、一週間が経過した土曜日。俺達は薬局から数駅離れた繁華街で飲み会を開いていた。

 先週の日曜日にオフクロと飯を食いに行ったことで、火乃香ほのかが機嫌を損ねてしまい「兄貴ばっかズルい」と駄々をねたのだ。


 「それじゃあ、皆で食事会でもどう?」


薬局で臍を曲げる火乃香に困っていると、泉希みずきが助け船を出してくれた。


「食事会?」

「ええ。薬局も無事だったことだし、火乃香ちゃんと桜葉さんの歓迎会も出来ていなかったでしょう? 丁度良い機会だと思って」

「確かにそうだな。けど……」

「けど?」

「……金が無い」


先日のオフクロとの食事会で、俺の財布はスッカラカンだ。泉希が張り切ってあんなお高価たかい懐石料理の店を予約するから。


 「店の飲み会なんだから、接待交際費として経費計上すればいいじゃない」

「いや自分ンとこの従業員と飲み会しても接待交際にはならんやろ」

「変なところ真面目なんだから。まあいいわ、それなら私に良い考えがあるから」


得意気に鼻を鳴らし薄い胸を張ると、泉希はアイちゃんを呼び寄せ、なにやら耳打ちをした。



 ◇◇◇



そうしてオフクロとの打合せに引き続き、泉希の提案で飲み会が開かれた。金の心配は不要とのことだが、まさかオフクロを呼んで接待させるつもりか。


 「ぷはー! いやはや美味しいですね!」


乾杯と同時にビールグラスを空けたさくらが豪快に口元を拭った。因みに俺とさくらはビールで泉希はレモンサワー、アイちゃんはお冷で火乃香はコーラだ。


「さくら、意外と酒強いのな」

「いやはや、どうやらそのようで!」

「ねぇ兄貴。お酒って美味しいの?」

「どうだろうな。言っとくけど飲むなよお前」

「飲まないし。泉希さんはお酒好きですよね」

「わ、私? 私は別に……」

「泉希は酒好きっていうか、飲むと毎回酔っぱらって潰れてるイメージだな」

「人を酒乱みたいに言わないでよ」


唇を尖らせながら、泉希はレモンサワーのグラスを傾け俺の脇腹を小突いた。


「ちょ、やめろよ擽ったいだろ」

「ふんっ」


ツンと唇を尖らせながらも、泉希は楽しそうに指先で俺の脇腹を小突く。最近その辺に要らん肉が付いてきたから触れられたくないのだが。


 「ねぇ……なんか今日の兄貴と泉希さん、いつもより距離近くない?」


コーラのグラスを傾けながら、火乃香がジトリと訝し気に俺達を睨んだ。俺と泉希はギクリと背筋を震わせる。


「そ、そんなことないぞ! なあ泉希!」

「え、ええ! 全然そんなことないわよ!」

「……なに二人とも慌ててるの?」


見透かすような火乃香の鋭い視線に、俺と泉希は必死に取り繕った。

 万が一にも俺と泉希の関係が明るみになってはオフクロに何を言われるか分からん。恐らく結婚など夢のまた夢だ。どうにか上手く誤魔化さなければ。

 額に汗を浮かべ言い訳を探っていると、その時。


 「やあ、皆さんお揃いで」


聞き覚えのある軽妙な声が、俺たちの意識を刺激した。

 振り返ってみれば、そこには我らが朝日向調剤薬局の出資者、片桐かたぎりたゆね様が笑顔で手を振っておられた。


「た、たゆね様! どうして此処に?!」

『私が御呼び致しました』


驚き声を上擦らせる俺に反し、アイちゃんが冷静に答えてくれた。


「アイちゃんが?」

『はい。正確には水城先生のご提案ですが』

「じゃあ、もしかして今日の接待って……」

「そう、片桐さんよ」


さっきまでの焦りはすっかり失せて、泉希は得意気な笑みを浮かべて応えた。確かにたゆね様なら接待の相手として妥当ではあるが。


 「おやおや。もしや御呼びでなかったかな」

「とんでもないです! ささっ、どうぞどうぞ!」


平身低頭。俺は店の入り口から一番遠い上座の席にたゆね様を誘導した。彼女の登場でさっきの話は有耶無耶うやむやになったし、願ったり叶ったりだ。


 「片桐さん、なに飲まれますか」

「たゆねで良いよ。ありがとう義妹いもうとちゃん」


火乃香にメニューを手渡され、たゆね様は赤ワインを注文なされた。本当に俺達より年下なのだろうか、この出資者スポンサー様は。


 「ところで、私の知らないお嬢さんが居るね。良ければ紹介してくれないかい?」

「あ、そういえばそうですね。先日ウチの薬局に入職した薬剤師の桜葉さくらばです」

「はじめまして! 桜葉さくらと申します!」

「宜しく桜葉先生。私は片桐たゆね。朝日向調剤薬局の出資者スポンサーだよ」

「そうなのですか! 私は右利きです!」


さくらの意味不明な返しに、場の空気が一瞬凍り付いた。恐らく『スポンサー』を『サウスポー』と勘違いしているのだろう。


 「はっはっは! なかなか面白いお嬢さんだね!」

「はい! よく言われます!」

「それじゃあ、ユニークな桜葉先生の入職を祝して乾杯といこうか」

「はい! ありがとうございます!」


そうして誰もさくらの天然ボケにはツッコミを入れないまま、たゆねさんを交えた接待という名の飲み会は第2ラウンドへと移行した。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


薬局や病院の関係者には、勤め先の近くで呑むのを嫌がる人も多いわ。ウチのような地域密着型だと、患者様も地元の方が多くて顔を差すのよね。

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