第107話 面接で溜め息とか説教とかマジやめてほしいんですけどっていうかそんな会社誰が入るかボケ!

 「――じゃあ、今から面接を始めます」

「はい! 宜しくお願い致します!」


マンション2階の事務所兼休憩室で、テーブルの向かい側に座るさくらは意気揚々と笑顔で答えた。

 アイちゃんが帰ってきて間もなく、さくらも薬局を訪れた。まだ服薬記録データ入力の業務が残っている泉希みずきとアイちゃんを店舗に残して、俺とさくらは事務所に上がった。


「履歴書は持ってきてるか?」

「はい! こちらです!」


さくらはA4サイズのクリアファイルを取り出し、俺に手渡した。


「記憶が無いのに、よく履歴書なんて書けたな」

「前の職場を辞める際に教えて頂きました! 本当はNGらしいのですが特例ということです!」

「なんか……本当ゴメンな」

「??」


キョトンとした様子で、さくらは小首どころか大首を傾げた。俺が何に対して謝っているのか分かっていないらしい。記憶喪失になったことを災難だとは思っていないのだろう。


「まあいいや。というかお前、本当に頭良いよな。この薬科大やっかだい、めっちゃ偏差値高い所やん。やっぱりお前は受かってたんだな……」

「はい! そのようで!」

「ストレートで留年も無いし……ていうか泉希と同い年だったのか」

「そうなのですか!」

「みたいね」


他愛もない話を交えつつ、俺は履歴書を読み進めていった。ちなみに志望動機の欄には「朝日向先輩と一緒に働きたかったからです!」と臆面もなく記載している。もしコイツが知り合いでなかったら採用は見送っていたかもな。


「働き方の希望とかはあるか? パートでも正社員でも希望通りにシフト組むけど。社会保険適用が良いなら正社員登用になるけど」

「よく分かりませんが1日28時間は働けます!」

「……お前だけ人生長そうで羨ましいな」


皮肉交じりの返しも、さくらは「それほどでも」と高らかに笑った。昔はこんな冗談すら言えなかったのに。


「前の薬局さんて、何科の処方が多かった?」

「ナニカとは何でしょうか!」

「小児科とか耳鼻科とか色々あるだろ。門前の診療科目が何か聞いてるんだよ」

「それでしたら内科・小児科でした!」

「ふむふむ。漢方は扱ってたんか?」

「恐らくは!」

「どういう意味だよ」

「実は記憶喪失になり暫し入院していたのですが、退院して間もなく先輩の事を思い出し、店舗勤務に戻る前に退職させて頂いたのです!」

「なるほど」


ということは働いていた頃の記憶も無いのか。ならほとんど新人みたいなものだな。まあ薬剤師として働いてたのなら、すぐに勘は取り戻せるだろう。今は整形だけだしリハビリには丁度良いはずだ。


「そういや、さくら」

「はい!」

「お前昨日ウチに来た時、どうして俺のことを恋人だとか言ってたんだ? 別に俺達付き合ったりしてなかっただろ」

「そうなのですか!?」

「そうだよ。つーかお前、俺のことは思い出したんだから知ってるだろ」


嘆息混じりに腕組みすると、さくらは初めて眉尻を下げて「いや~」と申し訳なさそうに笑った。


 「実を言うと先輩の記憶も断片的でして! 好きだという想いは確かなのですが、めくるめく先輩との愛のメモリーは未だに思い出せないのです!」


そもそもそんな愛のメモリーなぞ無いからな。無いものは捻出ねんしゅつできまいて。


「じゃあどうして俺を恋人だと思ったんだよ」

「それはこちらを読んだからです!」


そう言ってさくらはキャリーケースから一冊の大学ノートを取り出した。

 端的に言うと、それはさくらが記憶喪失になる前につけていた日記だった。ほんの1~2ページしか読んでいないけれど、彼女の日常と俺への想いが綴られていた。

 休み時間に頻繁に入り浸っていた図書室で、俺と交わした他愛のない会話や行動。それらが事細かに書かれていた。

 それだけなら良かったのだが、俺の記憶には全く無いイチャイチャなさくらの妄想まで赤裸々に綴られて。真面目そうな顔して、アイツ意外とマセてたんだな。


 「それにしても……」


大学ノートにびっしりと書き込まれた欲望。それは間違いなくさくらの想い。

 あの頃の彼女はこんな風に俺を見ていたのだ。それに気付かず、俺は彼女を一人の後輩として、友達としてしか見ていなかったから……さくらの気持ちなんて気付こうともしなかった。そんな自分が情けなくてイヤになる。

 同時に、この日記帳からは履歴書なんかより余程「ウチで働きたい」という熱意が伝わってきた。

 俺はそれ以上ページをめくることはなく、ノートを閉じてさくらに返した。


 「もう良いのですか?!」

「ああ。お前の気持ちは充分伝わったからな。それに昔のお前を覗き見てるみたいで、気が引ける」

「??」


先程と同様にさくらはグリンと大きく首を傾げた。どうやらNEWさくらは言葉の裏を読むのが苦手のようだな。


「さくら」

「はい!」

「明後日の月曜日から出勤だ。遅刻するなよ」


スッと立ち上がり、俺はさくらの前に右手を差し出した。無論「これから一緒に仕事を頑張ろう」という意図で求めた握手だ。

 するとさくらもすぐさま立ち上がり、爛々と目を輝かせ固い握手で応えてくれた。


 「朝日向先輩!」

「おう! これから宜し――」

「こちらは面接終了の合図でしょうか! まだ合否を伺っていないのですが!」

「……嘘やろ」


純真無垢な眼差しのさくらに、俺は顔を赤らめイチから説明していった……。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局ではメインとなる情報元病院や、すぐ傍にある病院を「門前」と呼ぶことが多いの。それ以外の病院は「面」や「外来」なんて呼んだりするわ。

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