第101話 年とってくると全自動で記憶喪失になるよね

 高校時代の後輩、桜葉さくらばさくらが記憶喪失となった原因は、あろうことかウチの親父達にあるらしい。まだ詳細は聞いていないけれど、フェリーでタ〇タニックの真似をした挙句海に落ちるカップルなど他に居るまい。


「……さくら」

「なんでしょうか、朝日向あさひな先輩!」


神妙な面持ちで名前を呼ぶと、彼女は満開の笑顔をたたえて返事をした。泉希みずき火乃香ほのかが見守る中、俺は額に汗を浮かべてさくらを見つめる。

 

「実はな、さくら」

「はい!」


ゴクリ、俺は固唾かたずを飲みこんだ。心臓の音が耳の奥でけたたましく鳴り響く。一つ深呼吸をして額に浮かぶ汗を拭い、俺はキリッと眉根を寄せた。


「ちょっち喉が渇いたから、近くのコンビニで珈琲買ってきてくれ」

「分かりました!」


その瞬間、吉〇新喜劇みたく泉希と火乃香がズッコケた。俺から珈琲代を受け取ったさくらは、警察官を思わせる敬礼で「行ってきます」と部屋を飛び出す。

 そんな彼女を見送るや、泉希と火乃香は険しい顔で俺の方へにじり寄ってきた。


 「ちょっと悠陽ゆうひ! なんで言わなかったのよ!」

「んなモン心の準備もなく言えるか!」

「だからって、どうして珈琲なのよ!」

「いやそれは、一回気持ちを落ち着けようと……」


手遊びしながらモジモジと答える俺に、泉希は額に手を当て呆れたような溜め息を漏らした。


 「でも、わたしが兄貴の立場でも言えないかも。なんて言って良いか分かんない」

「それな。上手いこと言葉を選ばんといけんし」

「どう選ぶのですか?!」

「そらお前、出来るだけ傷つけんよーにだな。記憶喪失の原因が俺らの親にあるってことを……って、さくら!?」


勢いよく振り返れば、いつの間にかさくらが会話の中に混ざっていた。戻ってきた気配なんて全く感じなかったぞ。


「おまっ、珈琲は!?」

「はい! 皆様の好みを聞くのを忘れておりまして戻って参りました! ブラック、カフェオレ、微糖のどれが宜しいでしょうか!」


照れ臭そうに笑って3本指を立てるさくらに、当然と俺達は答えられなかった。


「さ、さくら。今の話、聞いてたか?」

「今の御話とは何のことでしょうか! 私の記憶喪失の原因が先輩の親御様方にあるということしか聞いていませんでしたが!」

「しっかり聞いとるやないか!」


こうなっては仕方がない。俺ははらくくってさくらの真正面に立った。


「ごめん、さくら!」

「ごめんなさい」


深く頭を下げる俺に倣って、火乃香も申し訳なさそうに陳謝する。


 「なななっ!? 何故にお二人が謝罪をなされるのですか!? 皆様の珈琲の好みを聞き忘れたのは私のミスですが!?」

「そうじゃなくて、お前がフェリーで助けようとしてくれたそのカップル、俺の親父と火乃香のオフクロさんなんだよ」

「なんと! そうだったのですか!」

「いや話聞いてたんだろ」

「話は聞いていましたが、理解は出来ていませんでした!」


ぐっと拳を握り相変わらず笑顔を崩さないさくらに、心苦しさが増した。頭を上げた火乃香は申し訳なさそうに上目遣いでさくらを見遣る。


「ウチの馬鹿な親のせいで、本当にごめんなさい」

「謝って許されることとは思ってないけど、本当にごめん。さくら」

「何を仰います! お二人は何も悪くありません! むしろ私こそ、お二人の御父上と御母上をお助けできず申し訳ありませんでした!」


深く頭を下げる俺と火乃香に増して、さくらは一段と頭を低くした。てっきり罵声の一つも覚悟していたけれど、逆に謝罪をされるとは。


「でも、そのことが原因でお前は記憶喪失になったんだぞ」

「問題ありません! むしろ記憶喪失になったことを切っ掛けに性格も変わったようでして! 以前の私は朝日向先輩にお会いしたくとも手を拱いているだけでしたが、記憶を失くした事で勇気が出たのです! おかげでまた朝日向先輩にお会いすることが出来ましたから!」

「さくら……」

「それよりも先輩!」

「ん、なんだ」

「珈琲はブラックで宜しかったでしょうか!」


天真爛漫という言葉はさくらのために造られたのだろう。そう思わせるくらい、彼女は純な笑顔を崩さなかった。

 そんな彼女に触発されるよう、俺は「ぷっ」と吹き出し笑い出してしまった。それが伝播するように、火乃香と泉希にも笑みが浮かぶ。


 まるで満開の花畑みたいな笑顔と、杉の木のように真っ直ぐ伸びた性格。気付けば俺の部屋は、明るい笑い声に満たされていた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


今更だけどこの物語は3月頃からスタートしているわ。悠陽と火乃香ちゃんの親御さんが事故に遭われたのが、だいたい4月の中盤くらいね。

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