第33話 道中楽しみたい。それだけさ

 医薬品卸会社メディフレッサの若きイケメン配送員、岩永いわなが輝石きせき君がアイちゃんに愛の告白をした日の翌日。午前中の業務を終えた俺は、遅めの昼休憩をとり近くのコンビニへ昼飯を買いに出た。だけど頭の中を休めることは出来ず、アイちゃんのことでずっと思考が渦を巻いていた。


 昨夜3人で話をした結果、『今回はお断りする』ということで泉希みずきが纏めた。恋愛対象として『交際』を求めた岩永君に対し、アイちゃんは業務としての『交際』と認識していたからだ。少なくとも泉希はそう判断した。


「アイちゃんは、それでいいの?」


俺が尋ねるも、アイちゃんは首肯し『御社の決定に従います』とだけ答えた。

 彼女はAIVISアイヴィスだ。嘘を吐くことは無いだろう。だというのに、俺にはその言葉がアイちゃんの本心だとはどうしても思えなかった。

 とはいえそれを確認することも出来ず、煮え切らない思考だけが俺の脳内を駆け巡っている次第で。


 「だーれだっ」


呆然と歩く俺の視界が軽快な女性の声と共に覆い隠された。でも俺は驚かない。こんなことをする女性の知り合いなど、俺には一人しか思いつかないからな。

 

「なにしてるんですか、片桐かたぎりさん」


顔を押さえた手を払い振り返れば、楽しそうに笑う片桐たゆねが立って居た。


 「『たゆね』でいいよ、店長さん」

「はは……ところで今日は何の御用ですか? あ、そうか【惚れ薬】の報告ですね」

「うんまあ、それもあるけどね」


言いながら片桐たゆね――もといたゆねさんはA5サイズの処方箋を取り出した。


「ああなるほど、薬の方ですか」

「うん。用意はしてくれているかな?」

「はい、ちゃんと発注していますよ。一応処方箋を見せてもらっていいですか」

「はい、どうぞ」

「どーも」


俺は処方箋を受け取り記載内容に眼を通した。今回も同じ薬が処方されている。痛み止めが一つ追加されてるけど、これならウチに在庫がある。


 「大丈夫です。御用意できますよ」

「ありがとう。ところで例の【惚れ薬】の効果はどうだった?」

「あ、そっちもですか。いやもうお腹一杯って感じでしたよ」


眉根を寄せて困った風に笑い、俺は先日の出来事を洗いざらい話した。


 「――ふむふむ……まあ概ね私の予想通りかな」

「そうなんですか」

「うん。しかしAIVISアイヴィスにまで効果を及ぼすとは思わなかった。とても興味深い結果だね」

「まさか俺もアイちゃんにまで効くとは思いませんでしたよ。今更ですけど、凄ごい発明ですよね」

「はっはっは! それほどでもあるかな!」


たゆねさんは自信満々と胸を張り、周囲の視線を集めるほど高らかに笑ってみせた。


 「ところで、服薬の後に変わったことはない?」

「変わったこと……ああ、そうだ。ウチで働いてるAIVISの女の子に告白した男が居て――」

「いやいや、そういうことじゃないよ。君の身体に変調が無いか聞いてるんだ」

「あ、そっちスか。いや別に」

「抜け毛が多くなったり、筋肉痛になったりは?」

「特には」

「そうかい。じゃあ結果オーライだね」


結果オーライということは、もしやそんな副作用の可能性があったのか。しかも偶然と回避したようなニュアンスだが……まあ結果的には何もなかったし良しとするか。


 「それにしても興味深いね」

「俺がハゲてないことが?」

「そっちじゃないって。AIVISちゃんが告白された話。良かったら聞かせてよ」

「あ、そっちスか」


苦笑いを浮かべながら、俺は卸会社の配送員が一部変わったこと、その配送員がアイちゃんに一目惚れした直後に告白したこと、彼女が業務の延長上とみなしそれをOKしたことなど掻い摘んで話した。

 

 「ふーん、それは不思議だね」

「なにがですか」

「社外交際をOKしたことだよ。確かにAIVISは前時代的なロボットと違って、プログラムされた行動に捉われず自分で考え動くことが出来る。でもだからといって、派遣先の職員でもない社外の人間と交友するとは考えにくい」

「それは接待的な理由でしょ」

「その点を加味してもだ。もしかすると彼女は恋愛に興味があるんじゃないのかな」

「アイちゃんが?」


静かに頷いて応えるたゆねさんに、俺は「まさか」と笑って返した。

 【惚れ薬】の時はメイド服を着て耳かきとかしてくれたけど、『恋愛』という感じはなかった。彼女と色恋について話した事もなかったはずだし。だけど昨日の事務所でのアイちゃんの姿が、どうにも頭から離れない。


 「まあ、考えていても仕方ない。とりあえずキミの店で薬を貰おうかな。とその前に、はいコレ」


たゆねさんは徐に白い封筒が差し出した。俺は首を傾げながらそれを受け取る。


「なんスかこれ?」

「バイト代」

「あっ……あざーっす!」


そういえばバイト代を出すって言っていたな。俺としたことがすっかり忘れていた。

 年下の女子大生にバイト代を貰うのは大人として少々気が引けるけど、金のためならこんな軽い頭の一つや二ついくらでも下げてやる。


 「今度また治験をしたくなったら、いつでも連絡してよ。色々と試作してるから。【気配を消す薬】とか【他人の好感度が見える眼鏡】とか」

「……ご縁があれば」


頭ならいくらでも下げるが、だからといって禿げることまで許容できない。引き笑いで遠回しの拒否をすると、たゆねさんは少し残念そうに唇を尖らせた。


 「ところで、たゆねさんが研究って大学とか学会で発表したりするんですか?」

「いいや、そんなことはしないよ」

「じゃあ、どうして研究なんかを?」

「おやおや。君もおかしな事聞くね」


何の気なく俺が尋ねれば、たゆねさんは「フフン」と得意げに鼻を鳴らした。


 「狙った通りに試作が出来れば研究者冥利みょうりだろ? 道中楽しみたい。それだけさ」


そう言うと華麗に身を翻して、たゆねさんは俺より先に薬局へ向かい我が物顔でドアを潜った。


  研究者というか、もはやハンターだな。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


朝日向調剤薬局の開局時間は8時30分から19時00分と届けを出しているわ。でも病院さんの都合で終了時刻がオーバーすることはザラなの。

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