第99話 どうやら【薬剤師の息子】が【ヤクザの息子】と広まったようです
「――実を言うと私、記憶喪失のようで!」
苦笑いで返す俺に反して、さくらは照れ臭そうにポニーテールを揺らした。
「記憶喪失って……なに冗談言ってるのよ。悠陽のこと覚えてるじゃない。二人が知り合いだったのは悠陽が高校生の頃なんでしょ?」
「はい! ですが先輩のことは色々と記録に残しておりましたので!」
「記録?」
呆れた声で
「なにこれ」
小首を傾げながら、泉希は受け取った本のうち一冊を
「……っ!」
泉希は口元を抑えて息を呑んだ。一体どんな写真を目にしたのかと俺と
なにせそこに収められていたのは、明るい髪色で顔に絆創膏を貼る目付きの悪い学ラン姿の少年――もとい、高校時代の俺の写真なのだから。
「これ、もしかしなくても悠陽よね?」
「兄貴、やっぱ不良だったんだ」
驚き目を見開く二人は、フォトブックの俺のと今の俺を交互に見比べる。
「ちょっ、俺の黒歴史を見るな! やめてくださいお願いします!」
顔を真っ赤に俺は慌ててフォトブックを取り上げようとしたが、泉希は頑なに奪わせなかった。すると今度は火乃香がそれを手に取り眺めだした。
「ていうかコレ、どの写真も兄貴一人しか映ってなくない?」
「そういえばそうね。背景は学校や通学路みたいだけど、友達と映ってる写真は一枚も無いわ」
「そ、それは――」
「それは私がお答えしましょう!」
額に汗を浮かべ返答に詰まる俺に代わって、さくらが勢いよく手を挙げた。二人の視線を集めた彼女は「コホン」と取って付けたように咳払いする。
「あれは、私が中学3年生になって間もない頃でした。当時の私は極度の引っ込み思案で一人でいる事が多く、下校時も一人だったようです。その際に町の不良青年らに声を掛けられ、困っていた所を先輩が救けてくださったのです! 暴力に訴えようとする青年らを先輩は腕力で捻じ伏せ、私は無事に
まるで舞台演劇みたく、さくらは全身を使って熱弁した。それを冷ややかに聞き入る泉希達の姿が俺の羞恥心を一層と搔き乱す。
「しかしその現場を偶然と御覧になっておられた御学友が先輩のことを誤解されたらしく、あっと言う間に噂は広まり最終的に【暴力団組長の息子】にまで昇格したとのことです!」
あっけらかんと明るく笑って語るさくらに反して、俺は昏い過去をほじくり返され暴露された恥かしさに思わず顔を伏せた。泉希と火乃香は「案の定」と言わんばかりの溜め息を漏らす。
「そんなことだろうと思ったわ。カッとなると周りが見えなくなる性格は、昔からだったのね」
「わたしの前のバイト先でも机を叩き割ってたし」
呆れた様子でフォトブックのページを捲る二人に、俺は恥ずかしさと後ろめたさから何を言い返すことも出来なかった。
「どうやら【薬剤師の息子】が【ヤクザの息子】と広まったようです! ちなみにこちらの写真は先輩が花に水をあげていたのに花壇を荒そうと誤解されていたところで、こちらはゴミ拾いをしていたのに煙草を吸っていたと勘違いされて――」
だがそんな俺の羞恥心など意にも介さず、さくらは意気揚々と写真を指差しご丁寧に解説していった。
記憶喪失の話はどこいったんや……。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
記憶喪失者で身元を証明する物も無い場合は、役所に行くと手続きをしてくれるわ。ちゃんと戸籍の登録が出来たら免許や資格の取得も可能よ。
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