第96話 ポニーテールの元気な少女
――ガン、ガンッ!
電源を落とした動かない自動ドアを、誰かが外側から強く叩いている。時刻は既に20時を回っているというのに、一体どこのどいつだ。
「すみませーん! 薬剤師の求人募集を見て来たのですけれどもー!」
締め切った擦りガラスのドアに映る人影。響く声から察するに、どうやら若い女性のようだ。
「薬剤師の求人って……面接希望者ってこと?」
「まさか。こんな時間にアポも無く来ないだろ」
先程までの
「とりあえず、出てみるか」
額に汗を浮かべゴクリと喉を鳴らし、俺は恐る恐ると手ずからドアを開いた。
「こんばんは! 夜分に失礼致します」
そこに居たのは
ミルクチョコレートを思わせるブラウンヘアーをポニーテールの纏め、
「お久しぶりです!
「ふぇっ?」
予想外の台詞に俺は間の抜けた声を漏らした。先輩ということは、俺の学生時代の後輩か。少なくとも知り合いのようだが。
「ちょっと悠陽。貴方の知り合いなの?」
「いや、それが全く覚えが……」
訝しく眉を顰める泉希に、俺は腕組みしながら首を傾げた。嘘や誤魔化しではなく、本当に彼女の姿に覚えが無いのだ。
「何を仰いますか先輩! 私と先輩のめくるめく愛のメモリーは今でも昨日のことのように想い出されます!」
「愛のメモリいぃ?」
時代錯誤なフレーズを堂々と口走りながら、少女は得意気に胸を張った。アイちゃん程ではないが中々どうして大きいな。
「ちょっと悠陽。愛のメモリーって一体どういうことよ。まさか恋人だなんて言わないわよね」
「アホか。そんなワケな――」
「はい! その通りです!」
俺の否定を上書きするように少女は答えた。快活な雰囲気を見るに嘘や牽制ではなさそうだ。だが泉希は射殺さんばかりの眼で俺を睨み上げてくる。
「いや、冗談はよしてくれ。真面目に君とは初対面だと思うんだけど」
「はっはっはっ! 先輩は冗談がお上手ですね! 私ですよ私!」
「だから誰なんだって」
「ですから桜葉です! 先輩の恋人兼後輩の、
「桜葉……」
彼女の名前を呟きながら、俺は天井を見上げて記憶の糸を辿った。刹那、当たりクジを引いたみたいに過去の思い出が蘇る。
「もしかしてお前、あのさくらか?」
「はい! そのさくらです! 朝日向先輩!」
咲き誇る花のような笑顔を浮かべて、少女はポニーテールを揺らし大きく頷いた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
ウチの薬局はいつも19時~20時頃に業務が終わるのだけど、そこから薬歴(カルテ)のデータ入力や閉店作業があるから事務所を出るのは1時間後よ。
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