第76話 部下に言われて怖いセリフ堂々の第5位「ちょっと御話したいことが」

 「――とまあそういう訳で、とりあえず一件落着したって感じですね」

「いやはや、相変わらずキミの周りは賑やかだね」


薬局近くのいつものカフェで、たゆねさんはお気に入りカフェ・ラテを飲みながら俺の話を楽しそうに聞き入ってくれた。


 火乃香ほのかが体調を崩し【性格が変わる薬】を飲んだ数日後。俺は薬の報告を兼ねて、偶然来局していた彼女と二人でカフェに行き昼休憩をとっている。店を出る時の泉希みずきの視線がとんでもなく鋭かったけど。


 火乃香はと言えば、翌日にはすっかり体調が良くなり性格も普段の彼女に戻ってくれた。だが記憶は残っているらしく、泉希と和解した事やキキちゃん事はしっかり覚えていた。おかげで実家にキキちゃんを返しに行くときは、目に涙を浮かべて別れを惜しんでいた。


 因みに俺の事を『お義兄にいちゃん』と呼んでいた件は、覚えているかの確認をしていない。何となく聞くのが怖い。


 検査入院中だったオフクロは、キキちゃんを返した日に退院したらしい。まだ全部の検査結果は出ていないものの、決して芳しい状態ではなかった。オフクロの病気は完治しないものらしく、緩解かんかいの方向で治療を進めていくとのことだ。

 安静にしていれば悪化することは無いらしい。だが職場復帰はまず無理だろう。

 

 そんなオフクロとは反対に、火乃香は仕事に復帰している。やはり火乃香が居るのと居ないとでは、俺の負担は大違いだった。

 殺伐としていた泉希との関係も穏やかな雰囲気で、今後の働き振りが楽しみだ。


 「――なんにせよ私の発明が役に立って良かったよ。冥利みょうりに尽きるね」

「お陰様で。ところで今更ですけど、たゆねさんは発明品の特許とか取らないんですか?」

「特許? どうして」

「だって勿体ないじゃないですか。特許を取ったらきっと大儲けできますって」

「はっはっは。前にも言ったけど、私は別にお金が欲しくて研究をしているわけじゃないよ。ただ自分のアイデアや理論が現実になるか確かめたいのさ。要するに趣味の自己満足だよ」


あっけらかんと笑いながら、たゆねさんはカフェ・ラテを美味そうに傾けた。


 「それに私の研究はギリギリな物も多いからね。使う人間を選ぶ。たとえば以前に渡した【惚れ薬】が世に出回って、可愛いキミの義妹いもうとちゃんが馬鹿な男に引っ掛かったらどうする?」

「間違いなくそいつを殴りに行きます」

「はっはっは。その言葉が全てさ」


明るく高らかと笑うたゆねさんに、俺は「なるほど」と納得する。


 「ところで店長さん。君の所のAIVISアイヴィスちゃんは、今も変わらず就業中なのかな?」

「アイちゃんですか。ええ、毎日文句も言わず仕事を頑張ってくれてますよ」

「そうか。それなら何より」

「どうしたんですか急に」

「いやなに。最近少し変な噂を耳にしてね。単なる噂だから大丈夫だと思うけど。それよりも実は最近新しい薬を試作したんだ。今度のは――」

「あ、すみません! 俺もう行かないと! 今日はありがとうございました! お先に失礼します!」


たゆねさんが自分のポーチに手を伸ばした瞬間、俺はすぐに立ち上がり、そさくさと店を出た。新しい薬に興味が無いでもないが、彼女の作る薬は予想外のトラブルを呼び寄せるからな。バイト代はちょっと惜しいけど。


「それにしても、たゆねさんの気になる事ってなんだったんだろう……」


アイちゃんに関係することのようだが、なんとなく引っ掛かる物言いだった。逃げ出す前にそれだけは聞いておくべきだったか。

 とはいえ今更引き返すことも出来ない。俺は気にしないよう自分に言い聞かせ薬局へ戻った。


 「ただいまー」

「おかえりなさい」


と、受付でノートPCと睨めっこしている泉希が俺を迎えてくれた。普段ならこの時間は調剤室で薬の取り分けピッキングをしているというのに。


 「んー、ちょっと色々ね。もうすぐお隣の先生も復帰されるだろうし、在庫とか改めておかないと」

「そういえばそうだな。ありがとう、助かるよ」


俺が笑うと、泉希も得意げに微笑んで返した。

 彼女が言う通り、現在は閉院中となっている隣の小児科さんが診療を再開される。

 実を言うとこちらの院長先生が御高齢で、療養のために少し前から休院されていたのだ。ウチとしては薬剤師が泉希以外全員辞めてしまった直後だったので、不幸中の幸いだった。

 でも今の整形外科だけでも手一杯な状況なのに、小児科さんの処方箋まで回ってきたら、本当に泉希が過労死してしまう。

 だからこそ俺は薬剤師を探しているのだが、未だに応募はゼロを更新中だ。

 復帰が予定通りなら、再来月から診療が開始されるはずだ。本当に申し訳ないが、まだもう少し二人に頑張ってもらうほか無い。


 『朝日向店長』


受付で悶々とする俺のもとに、

 普段どおり業務を終えて閉店作業をしていると、俺の眼前にアイちゃんが無表情のままやってきた。


 『朝日向店長。恐れ入りますが、今少しお時間を頂戴しても宜しいでしょうか』

「な……なに、どうしたの?」


緊張に冷たい汗を浮かべながら、俺は必死に笑顔を作って応える。

 従業員から「時間が欲しい」と言われることが、俺にとっては一番背筋が凍る瞬間だ。なぜならその台詞を聞いた時は、得てして退職を進言される場合が多いからだ。アイちゃんの場合は派遣契約の打ち切りか。

 何にせよ良い報告では無いはずだ。俺は小刻みに身体を震わせ、ゴクリと固唾に喉を鳴らした。


 『お忙しい所を申し訳ありません。恐れ入りますが明後日の日曜日は御予定など御座いますか』

「明後日? いや、特に何も予定は無いよ。たぶん暇してる」

『では宜しければ、次の日曜日に私とデートをして頂けませんか』

「……へっ?!」


予想外すぎる申し出に俺は間の抜けた声を漏らし、唖然と開いた口を塞ぐことが出来ないでいた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


実を言うと、去年までは小児科と整形外科の処方箋が半々くらいだったの。でも小児科の先生が休院されたことで、メインの処方元が整形になったわ。

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