第77話 初めてのデートにはどこ行きますかって質問にはメーーーーーーン!
『――よろしければ次の日曜日に、私とデートをして頂けないでしょうか』
「……へ?」
予想外すぎる申し出に間の抜けた声を漏らす俺は、開いた口を塞げないでいた。
――バサッ……。
静寂に包まれた店内に、紙の散らばる音が響いた。見れば調剤室から出てきた
両手の指を力無く広げ、焦点の定まらない眼で俺達を見つめながら泉希は笑えない微苦笑を浮かべている。
「な、なに言ってるのよ
『はい。しかしながら前回の岩永様とのデートでは以前に水城先生から御教授頂いたような「恋愛」に類似する感覚を得られませんでした。やはり
大きな胸に手を当てながら、アイちゃんは俯き加減に答えた。いつもと同じで表情は微動だにしていないが、何故だか寂しげに見える。
『ですが
「そ、そうなの?」
『はい。朝日向店長から「羽鐘アイ」という名を頂いた時、初めてその感覚が生じました。当初は頻度も少なくエラーの類かと認識していましたが、水城先生と共に朝日向店長の御宅へ伺った頃よりその感覚が強くなり、以来頻発して見舞われるようになりました』
泉希と一緒に俺の家に来た時……というと、あの【惚れ薬】の一件か。たしかに俺もあの時は「AIVISにも効果が表れるのか」と俺も驚いたし、アイちゃんも普段と様子が違っていた。
なんというか、感情が剥き出しにされて人間臭い感じがした。もしかするとあの薬が切っ掛けで、彼女に突然変異的な何かが生じたのか。
『弊社での定期点検時に異常を報告をすると「それはまるで恋をしているようだ」と言われました。以来、私は人間の恋愛について関心を抱くようになったのです』
「なるほど。それでアイちゃんは人間の恋愛に興味を持ったり、岩永君とのデートを了承したんだね」
『はい。ですが残念ながら岩永様と交遊を経ても、店長から受けるような感覚的刺激は生じませんでした。そこから推察するに、朝日向店長と交遊を経験すれば「恋愛」が、
「それってつまり、羽鐘さんは悠陽のことが好きでデートに誘ったんじゃなく、検証の意味で遊びに行きたいってこと?」
『はい。この感覚が本当に人間の恋愛に相当するものなのか、現段階では確証がありませんので』
頷きながら応えるアイちゃんに、泉希はほっと安堵の吐息と共に控えすぎる胸を撫で下ろした。
『ですが。「朝日向店長と一緒に居たい」という気持ちは確かにあります。同時に朝日向店長に喜んで頂きたい、朝日向店長の笑っておられる顔が見たい……そのような思考が私の
岩永様とデートをしている際も、朝日向店長の御姿が想起されました。もし朝日向店長とこのように並んで歩けたなら、朝日向店長ならばこのような場合に、どのような反応をなされるのか、と』
『御願い致します、朝日向店長。今度の日曜日に私とデートをして頂けませんか』
「いや、えと……」
『ダメ、でしょうか?』
上目遣いに伺い立てるアイちゃんの姿に、俺の心臓はトゥンクと小さな波を立てた。
正直に言えば、アイちゃんとデートをした岩永君を羨ましく思っていた。それに理由はどうあれ、真正面から好意を伝えてくれることも悪い気はしない。どころかアイちゃんからデートに誘ってくれるだなんて、願ってもないことだ。
「ど、どうしよう泉希」
「……どうして私に聞くの」
複雑な笑みを浮かべながら、俺は能面のような顔で佇む泉希に尋ねた。だけど泉希のそれは俺の心に波を呼ぶどころか、氷河のように凍りつくよう。
「良いじゃない、デートでも何でもすれば。別に恋人が居るわけでもないんだし」
俺は声を途切らせた。
胸の奥に湧き上がる思い。それを言葉に変えることが出来なかった。言葉に変えるのが怖かった。
そんな煮え切らない態度でいる俺に苛立ったか、泉希は「フンッ」と鼻を鳴らして身を翻す。
「……私、事務所で処方箋の確認してくるから」
冷たい声で告げると、泉希は床に散らばる処方箋を拾うこともなく店を出る。
去り行くその背中に、俺は力無く手を伸ばすことしか出来なかった。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
処方箋は原則として3年間または5年間保管しておく必要があるわ。薬歴と呼ばれるカルテは電子化しているのに、処方箋はずっと紙媒体よ。
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