第72話 現実世界のパートナーにツンとか要らん。デレ100%でお願いします。一番搾り希望です。

 「――お義兄にいちゃんが居なくて、火乃香ほのかすっごく寂しかった!」


まるで留守番をしていた子犬みたく俺に抱き着いて頬擦りをする義妹。別人のようなその言動に、俺は理解が追い付かず間抜けな表情を浮かべる他に無かった。

 そんな俺の足元では、オフクロの愛犬・キキちゃんが俺に抱きつく火乃香を不思議そうに見上げている。


「ど、どうしたんだよ火乃――」

「撫でて」

「へ?」

「良い子にお留守番してたから、頭撫でて!」


まるで駄々っ子みたく声を張り上げた火乃香に圧倒されて、俺は言われるまま彼女の頭を撫でた。艶やかな黒髪を指で梳き流せば、満足そうに笑みを浮かべて応える。


 「あっ! ワンちゃん!」


漸くとキキちゃんの存在に気付いた火乃香は、怖がる様子も無く抱き上げた。キキちゃんも小さな舌を伸ばして火乃香の頬を舐める。


 「あはは、くすぐったーい。お義兄ちゃん、この子どうしたの?」

「オフクロから1日だけ預かったんだよ。明日の朝には返しに行く」

「えー、ウチで飼うんじゃないのかー。残念ー」


キキちゃんを抱えながら火乃香は肩を落として踵を返しリビングへ戻った。それと入れ替わるように、今度は複雑な面持ちの泉希みずきが出てくる。


「泉希! あれ一体どういうことだよ(小声)!」

「わ……私にも分からないのよ。貴方が出てからは薬局に居る時と同じ感じだったんだけど」

「急にこうなったって?」


俺の問い返しに泉希はコクリと頷いて応える。

 俺と泉希は二人してリビングを覗き込むように見た。パジャマ姿でベッドに座る火乃香は、今まで見たことの無い笑顔で手を振って返した。普段のクールな姿も可愛いが、これはこれで心をくすぐられるが。


「アイツ、何か変な物でも食べた?」

「たぶん何も。言っても飲み物くらいよ。少なくても私の用意したお粥には一切手を付けなかったわ」

「まあ、お前の飯はな」

「どういう意味よ」


ムッと眉根を寄せ泉希は俺の肩を小突いた。そんな俺達の姿に火乃香も眉尻を吊り上げる。


 「もう! 二人でばっかりお話しないで火乃香にも構ってよ、お義兄ちゃん!」

「え、ああ……悪い」

「泉希ちゃんも一緒にこの子と遊ぼうよー!」

「お、お姉ちゃんは今忙しいから後でね」

「えー、もうー。絶対だよー!」


不満を露わにしつつ素直な火乃香に、俺は再び呆気に取られた。さながら錆びついたロボットのようにギコちない動きで泉希を見遣る。


「なんか、めっちゃお前に懐いてない?」

「うん。貴方が出て行ってから……あの雰囲気になってからはコミュニケーション取れたから」

「どんな話をしてたんだ?」

「え、それは……そっ、そんなことより今は火乃香ちゃんの心配でしょ!」


何故か顔を真っ赤に染める泉希に、俺はそれ以上は言葉を引っ込めて泉希の説明を聞いた。


 今さっき泉希が言っていたように、火乃香は俺が出て行ってから間もなくツンケンしていたらしい。

 そんな火乃香でも泉希は気を遣い、甲斐甲斐しく看病してくれていたらしい。にも関わらず、何が気に食わないのか火乃香は布団に潜り込んだまま目も合わせなかったらしい。

 それでも泉希は諦めることなく献身的に接してくれて、粥まで作ってくれたと。

 けれど火乃香は「いりません」と冷たく突っ撥ね、冷蔵庫の栄養ドリンクを飲んだらしい。まるで泉希への当てつけのよう。だがそれから少しして、今のように甘々な雰囲気になったのだとか。


「栄養ドリンク……」


刹那、俺の脳裏にはたゆねさんから貰った薬のことが思い出された。

 まさかと思いゴミ箱を開けてみれば、案の定例の薬の容器が捨てられている。見た目が栄養ドリンクそのものだから間違えたのだろう。


 以前にたゆねさんから渡されたのは【異性に興味が無くなる薬】と【性格が真逆になる薬】。異性に興味を失くしてあんな風になったとは思えないから、恐らく【性格が真逆になる薬】を飲んだのだろう。普段の意地っ張りな性格が感情をストレートに表す性格に逆転したのだ。


 つまり、あれが彼女の本心なのだろう。


普段のクールな振る舞いは本当の自分を押し殺した仮面を着けた姿なのだろうか。

 今子供のように甘えたがっているのも、母親との関係が希薄だったせいで、愛情を知らず育ってきた故の反動か。

 

「火乃香……」


荒縄で締め付けられるような痛みに、俺は思わず胸を抑えつけた。せめて俺と一緒に居る間だけでも、精一杯の愛情と笑顔を彼女に与えてやりたい。


 改めて、そう思った。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


小さなお子さんの中には高熱で幻覚症状や幻聴症状に見舞われることがままあるわ。中には性格が変わったようになる症例もあるの。

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