第66話 薬剤師になる意志が欠如してヤクザになりました
「――なあ
「なに」
「どうして、あの店長のこと殴ったんだ」
最寄り駅から自宅へ帰る道中、俺は隣を歩く火乃香に尋ねた。まるで親子か恋人みたいに手を繋ぐ彼女は、訝し気に俺を
「言ったでしょ。セクハラだって」
「違うだろ。お前は自分のことで他人様を傷つけるような事しない」
「何それ。わたしのこと全部知った風に」
「知ってるよ」
「どうして?」
「義理とはいえ兄妹だからな」
「ははは」と明るく笑ってみせれば、火乃香はまた
「で、どうして殴ったんだ」
「べつに」
「別にってこたぁねーだろ」
不服そうな顔を浮かべる火乃香の頬を指で突けば、鬱陶しそうに手を払われた。ほくそ笑む俺に反して、火乃香はムッと片頬を膨らませる。
「……アイツが」
「ん?」
「アイツが、兄貴のこと馬鹿にしたから」
どこか恥ずかしそうに火乃香は小さく呟いた。眉を吊り上げながら唇をすぼめる姿が、彼女なりの照れ隠しに思えた。
だけどそれ以上に嬉しかった。俺の家に来た頃は全てがどうでも良さそうに見えた火乃香が、感情を露にしてくれたのだから。その感情が溢れ出して、俺は火乃香の頭をこれでもかと撫でまわした。
「なんだよー。お前、俺のこと大好きかよー」
「ちょ、やめてよ! だから言いたくなかった!」
「ええやんええやん。お
くしゃくしゃに乱れた髪を整えながら、火乃香はまたジトリと俺を睨みあげる。
「そんなことより兄貴」
「ん?」
「もしかして、昔不良だった?」
「えっ……な、なんで」
「普通テーブル殴って壊すなんて出来ないし、あの人を追い詰めてる時の兄貴、それっぽかったから」
「イヤイヤ、ワタシはタダのゼンリョーなイッパンシミンですから」
「なんか嘘くさいんだけど」
乾いた笑みを浮かべて視線を逸らす俺を、火乃香は瞬きもせず見つめる。
「ま、まあアレだ。薬剤師になる意志が欠如して、結果的にヤクザになっちまった訳だなコレが」
「なにそれ。意味わかんないんだけど」
「『やくざいし』から『いし』を欠くと『やくざ』だけが残るだろ」
「余計に意味わかんない」
口を真一文字に結んで、火乃香は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。彼女の目をまともに見れず、今度は俺が顔を背ける。
「でもお前もよく録音なんて思いついたな。普通はビビッて出来ないぞ」
「ああ、あれ嘘だから」
「え?」
「録音とか、そんな機能使ったことないし」
「じゃああれは……」
「そう、ハッタリ」
肩をすかして然も平静と言ってのける火乃香に、俺は関心とも呆れとも取れる溜息を漏らした。
「お前の方が
「かもね」
「似たもの兄妹ってヤツか」
「なにそれ。似たもの夫婦とかなら聞いたことあるけど」
「だって夫婦じゃねーもん」
「……」
言うと、火乃香はまた握り合う手に力を込めた。
その後は一言の会話もなく、俺たちは閉店間際のスーパーに寄って半額シールの貼られたお惣菜を買って帰った。俺の好きな親子丼が残っていたのは嬉しかった。
そうして帰宅した俺達は、手抜きの夕食を済ませて順番に風呂へ入り、疲れと感情を洗い流した。
「んじゃ、おやすみ」
電気を消して
「ねえ、兄貴」
静寂の中、火乃香の声が針のように響いた。
「なんだ、火乃香」
「わたし達、兄妹だよね」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、家族ってこと?」
「当然だろ」
「血が繋がってないのに?」
「血は繋がってなくても家族は家族だろ。そんなん言ったら、夫婦なんて血すら繋がってないしな」
「じゃあ、夫婦はどうやって家族になるの」
「んー、なんだろな。書類とか戸籍の話だけじゃないよな。気持ちとか感情とかいうのもなんか違う気がするし」
「ねえ」
「んー?」
「SEXしたらさ……その瞬間は、少なくても繋がってるよね」
「あん?」
また何を言い出すか、俺の可愛い
「わたし、兄貴と繋がりたい」
パジャマのボタンを一つずつ外して、火乃香は白い肌を露にした。張りと形のよい乳房が、俺の眼前に惜しげもなく曝される。
「お、おい火乃香!?」
「今日の兄貴、ちょっとカッコよかったよ」
「い、いやいや! お前、前も言っただろ! そういうのは好きな相手としか――」
「好きだよ」
裸になった火乃香は俺の上に覆いかぶさる。薄闇の中で肢体を輝かせえ、火乃香は俺の声を自分の言葉で遮った。
「兄貴のこと、好きだから……兄妹じゃなくて、ひとりの男として」
一糸纏わぬ火乃香は、そっと静かに瞼を下ろして、薄紅色の唇を俺に寄せた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
薬局勤務の薬剤師の中には全く料理を作らないという人も結構居て、特に男性は結婚するまで自炊したことが無い人も多いわ。
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