第62話 自分の心に正直に……ってその心に正直になったら「働きたくないでござる」しか無いわボケ!

 薬局で進路について話し合った翌々日、火乃香ほのかは籍を置いている高校へ赴き担任の先生と会話をしたようだ。

 意外なことに休学の希望はアッサリ了承してくれたらしい。俺が大学を中退した時は随分と引き止められたものだが。


 「退学する時には保護者の面談とか必要みたいだけど、休学ならコレだけで良いんだって」


まるで他人事みたく言いながら、火乃香は休学手続きの書類を差し出した。手続きは未成年後見人のそれよりもずっと簡単で、翌週には休学通知が届いた。

 それと同時に、俺は火乃香の携帯電話の契約を結んだ。アルバイトをするにしても連絡先が無いと不便だろうからな。


 「毎月の料金は、バイト代から出す」


そう言って火乃香は聞かなかった。けれどそれが原動力になったのか、翌日には面接の約束を取り付けた。流石は俺の義妹いもうとだ。


「けど、『どうしてもそこで働きたい』って希望が無い限り、面接は複数応募した方がいいぞ」

「どうして?」

「就業条件を比較して、より良い条件の職場を天秤に掛けられるからな」

「そんなことして面接官向こうに嫌がられない?」

「採用側としては、正直イヤだな」

「じゃあ複数応募それが原因で落とされるかも」

「可能性はゼロじゃない。けどそんなことで落とすような職場はどうせロクな所じゃないさ。お前を本当に必要としてる職場に行けばいい」

「そんな所あるかな」

「あるよ。どんな人にも必ず、その人を求められる場所がある。だけど、もし自分に合う職場へ行きたいなら、今から俺が言う事は守った方がいい」

「なに?」

「早く決めようとして焦らないこと、それと面接官には絶対に嘘を吐かないこと」

「嘘って、たとえば?」

「高校を休学してる理由とか、志望動機とか。休学や家庭のことを言いたくなければ『プライベートな事なので御答え出来ません』で構わない」

「ふーん」

「それから、自分の気持ちだな」

「どういうこと?」

「働きたくもない場所で無理して働くなってこと」

「でも、仕事やバイトなんて好きでやってる人の方が少なくないじゃないの?」

「それでも自分の気持ちに嘘は吐くな。嫌なことは嫌でいい。無理は一番ダメだ」

「そんなワガママ言って不採用にならない?」

「嘘を吐いて採用になるよりいい」

「むー……」


火乃香は唇を尖らせ顔をしかめた。不満げなのは明らかだ。輝かしい未来しかない15歳には、少し難しい話だったかもしれないな。

 ともかく火乃香が楽しく働ける職場に巡り会えるよう、今はただ祈るばかりだ。


 

 ◇◇◇



 2週間が経った。

 火乃香の仕事バイトは、まだ決まっていない。

 だからといって焦る必要はない。決まるのが遅いとも思わない。こういうのはタイミングと御縁だ。焦らずゆっくり探せばいい。


 俺はそう考えていた。

 でも火乃香は違っていた。


 当初、火乃香は飲食店のキッチン(調理)の仕事を探していた。『自分は人付き合いとか苦手だし、愛嬌なんて物も無いから』と本人は言っていた。けれど料理上手の火乃香には似合いだと俺も思った。


 幸いなことに飲食業ならば【高校生可】の職場は幾つかあった。けれど「女の子ならキッチンよりもホールがいいよ」「ホールなら枠があるんだけど」と火乃香の希望は突き撥ねられた。

 今時『女が』『男が』と決めつけ職種を限定するなんて、泉希が聞いたら「アンコンシャス・バイアスの見本みたいな話ね」なんて言いそうだけど、そういう偏見を持つ人間が多いのは確かだ。

 

 それでも火乃香は俺のアドバイスを守り、自分のやりたい仕事に応募し続けた。


 けれど15歳という年齢や、結果的に前のバイトを数週間で辞めていること、高校を休学していることなどを理由に不採用の連続だった。

 最初は好印象な面接官も、休学の理由や両親が亡くなった事実を正直に話すと手の平を返したように態度を変えるらしい。

 そんなある日の夕食時、うどんを食べる火乃香が投げ槍な様子で溜め息を吐いた。


「どうした?」

「もういい。スーパーの品出しでもコンビニのレジ打ちでも。どっかで適当なバイト見つける」

「でもお前はキッチンの仕事がしたいんだろ。自分の気持ちを曲げるなよ」

「だって仕方ないじゃん。全然バイト決まらないんだから!」

「だからって自棄やけになるなよ」

「うるさい! 大体アンタが『面接で嘘を吐くな』とか『正直に話せ』とか言うからじゃん!」

「それは……」

「お母さんもそうだった! まともな仕事は決まらなくていつも転々として最終的には水商売だし! 蛙の子は蛙ってヤツよね。まともな職場がわたしなんか雇ってくれる訳ないし」

「そんなことはない。今はただタイミングが――」

「聞きたくない! もう放っといて!」


ピシャリッ、スライドドアを閉めて火乃香は狭い部屋に閉じこもった。焦る気持ちも誰かのせいにしたい気持ちも分かる。

 たぶん今の俺の言葉は彼女には届かないだろう。むしろ火に油を注ぐ結果となるやもしれん。そっとしておくのが正解か。

 そう思った俺は敢えて火乃香と言葉を交わさなかった。落ち着いたら火乃香のほうから声を掛けてくれると思った。


 「バイト、決まったから」


数日後。帰宅した俺に火乃香が報告してくれた。バイトが決まったこともそうだが、数日振りに口を利いてくれたことが嬉しかった。


「おめでとう。どこに決まったんだ」

「2駅隣の※※カフェ。ホールスタッフだけど」

「ん……そうか」

「でもいい。わたしなんかを雇ってくれる所なんて他に無いし」

「そんなことないさ。今回はちょっと運が悪かっただけだ」

「いいよもう、そういうのは」


それだけ言うと火乃香は食べ終えた自分の皿を下げた。久しぶりの会話はたった30秒で終わった。


 この時の俺がもう一歩だけ踏み出すことが出来ていれば、彼女の保護者として自覚を持っていれば……あんな事件は、起きなかっただろうに。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局事務や医療事務は未経験を雇わない所が多いわ。でも未経験不可の所ばかりじゃどうしたって経験者なんて育たないわよね。

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