第61話 とはいえ進路はよーく考えましょう。身近な人の言う事はちゃんと飲み込みましょう。
「――わたし、学校は辞めます」
昼飯の弁当を届けてくれた
「わたしも色々考えた。けどやっぱり、辞めるのが一番いいと思う」
「どうして」
「ここからだと学校まで片道2時間以上はかかるから、水城先生の言うとおり、
「じゃあ、この近くの学校に転校するのは?」
「それだって学費や交通費は掛かるから」
前置き通り、熟考した上での結論なのだろう。火乃香は一切の淀み無く俺達の疑問に返していく。
「でも公立高校の学費くらいなら、何とかなるんじゃない」
「高校って年間どのくらい掛かるんだ?」
「えーっと、だいたい年50万円弱ね」
携帯電話を見ながら泉希が答えた。年50万円ということは、月々およそ4万円くらいか。たしかに無理ではないけど、正直今の俺にはしんどい。
「兄貴にはあんまり負担かけたくないし、ずっと世話になる訳にもいかないから。わたしなんか居たら兄貴も迷惑だろうし。だったらバイトでもなんでもして、早いとこ家を出た方がいいだろうし」
「何言ってんだバカヤロー。お前のことを迷惑だと思ったことなんざ一度も無いわ」
「嘘」
「嘘じゃねーよ。なんならお前が来てくれたおかげで部屋は毎日ピカピカだし、飯も美味い。なにより楽しい。ずっと一緒に居て欲しいくらいだ」
「……」
フォローをするも、火乃香はシュンと寂しそうな顔で目線を下げた。そんな義妹を慰めるべく彼女の頭に手を伸ばそうとした瞬間。
「ちょっと待って」
泉希の声に、俺の右手はピタリと止められた。俺と火乃香は、神妙な面持ちの泉希へと意識を向ける。
「学校の……いえ、将来のことはもっとちゃんと考えた方が良いと思うわ。もちろん
真摯な声と眼差しに、俺も火乃香も返す言葉が見つからず視線を伏せた。少なくとも俺は何も言葉が出てこなかった。それだけ泉希の言葉には重みと真実味があった。
中卒と高卒には大きな壁がある。それは事実だ。
ウチの薬局でも、事務職には中卒の人も面接に来たことがある。けどやっぱり、高卒や大卒の応募者より慎重な判断が求められた。
時代の流れと共に学歴の重要度は薄れているとはいえ、それでも学歴はその人物を推し量るひとつの判断材料となっている。それが証拠に【大卒以上】や【高卒以上】をボーダーとしている企業が今でもほとんどだ。どころか実際の現場では院卒しか採用していない所もザラだ。
俺も大学を中退した身だから人のことを偉そうに言える立場じゃない。だからこそ後ろめたい気持ちや後悔を誰よりも理解している。火乃香にはそんな思いをしてほしくない。俺と同じ道には進んでほしくない。
「
「なら、高校は卒業するべきじゃないかしら」
「でも……」
「火乃香」
彼女の言葉を断ち切る様に俺が名前を呼ぶと、火乃香はゆっくりと視線を上げて俺を見遣った。
「俺も、お前には学校へ行って欲しい」
「兄貴」
「色んな人と出会って、色んなことを知って、お前には幸せになってほしい」
「……」
「なーに、本当に辛ければ、そん時は辞めりゃ良いんだしな! 俺も大学辞めたけどこうして何とか生きてるし!」
「あっはっは」と笑ってみせるも、火乃香はまた顔を伏せてしまった。狭い店内に俺の馬鹿笑いだけが響いて、泉希に脇腹を小突かれた。
数十秒ほどの沈黙が店内に満ちてから、火乃香はゆっくりと冷たい顔を上げた。
「学校の事は、もう少し考えてみる」
決して『晴れやか』とは言えない表情だが、俺と泉希は笑顔で頷き合った。
「でも、やっぱりあの学校には行けない。今またあの町に通うのは、色々思い出すから」
「そうか……」
「それなら火乃香ちゃん、休学はどうかしら」
「休学、ですか?」
「そう。休学ならその間学費も掛からないし、籍と単位は残っているから、学校に戻ろうと思えばまた戻れるはずよ」
「そうか。そういや俺も1年間休学したっけ。でもそしたら、次戻る時もまた一年からスタートになるんじゃないか。友達はみんな進級してるだろ」
「そこは問題ない。どうせ友達とか居ないし」
寂しい事を平然と言ってのける火乃香に、俺と泉希は微妙な笑みと汗を浮かべた。俺も(多分泉希も)友達少ないから、それについては何も言えない。
「でも、ずっと家事だけしてるのも暇だしバイトは始めようと思う」
「それはいいわね。社会勉強にもなるし、メリハリが付いて気分転換にもなると思うわ」
「そうだな。うん、俺もそれが良いと思う」
俺と泉希の同意に、火乃香も神妙な面持ちを浮かべたままコクリと首肯した。
そうして一応と話に決着がついて、火乃香は「夕食の準備があるから」と立った。俺と泉希も見送るべく、店の外まで火乃香を見送る。
「あの、水城先生」
「なに?」
「どうして見ず知らずのわたしに、そこまで親身になってくれるんですか?」
「え、それはその……」
指遊びをしながらゴニョゴニョと声を小さく、泉希は顔を紅潮させた。いつもの竹を割ったような言葉使いは何処へ行ったのか。そんな泉希を、火乃香は訝し気にじっと見つめた。
「水城先生」
「な、なに?」
「先生は、
顔を伏して何やら言いかけるも、押し殺したように喉の奥に引っ込めると、火乃香はペコリと会釈して駆け足気味に去っていった。
「なんだ、火乃香のヤツ」
不可解な妹の言動に首を傾げる俺の隣では、泉希は顔を真っ赤に固まっていた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
私の通っていた薬学部は進級条件がシビアで、毎年1割くらいが留年していたわ。実験や研修も多いし勉強も大変で、他の学部が羨ましかったわ。
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