第57話 一人暮らしで自炊すると食材をダメにしたりで結局お務め品買う方が安かったりする

 睡眠時間以外にも問題はあった。プライベートな空間が無いことだ。

 この部屋は1LDKという間取りになっているが、スライドドアが仕切りになっているタイプなので、個室は有って無いようなもの。ぶっちゃけた話、エッチ本や動画を観れないのである。俺にとっては死活問題だ。

 火乃香ほのかが寝た後でこっそり観ることも考えたが、万が一にもその姿を目撃されようものなら――


 『マジキモイ。アンタが保護者になるくらいなら死んだ方がマシ』

 『そんなモン見るくらいなら、私の身体を使えばいいじゃない』


――などと言われかねん。どちらにせよ、その瞬間に俺は社会的かつ精神的な死を迎えることだろう。

 ただでさえウチにはアイちゃんという爆乳美少女アンドロイドが居てギリギリ理性を保っている状態なのに、家でも禁欲生活というのはキツすぎる。由々しき事態だ。世のお父さん方は一体どのようになされているのか……機会があれば是非とも御教授願いたい。


 そうしてプライベートな時間が失われると共に、俺は自由も失った。


 これまで仕事が終わり家に帰れば自分一人だけの自由時間だった。食うも寝るも遊ぶも、全てが俺のペースで俺の好きなタイミングで行われる。

 けれど今はそれが出来ない。仕事以外は基本的に火乃香を中心に動いているし、食事も彼女と一緒にとるから腹が減っていなくても食う。


 風呂に入るにも許可がいるし、夜更かしして映画を観るようなことも出来ない。

 部屋が沢山ある大きな邸宅に住めば違ってくるのだろうが、生憎と俺にそんな甲斐性は無い。


 加えて家のトイレが使い難くなった。さほど気にすることではないかもしれないが、俺が使った後の匂いとかがな……。

 それに伴い、火乃香がトイレに入ったタイミングや風呂へ行く時間も見計らっている。間違えて使用中のトイレや脱衣所を開けようものなら、きっと俺は当分のあいだ家に帰らないと思う。


 足りないものは他にもある。カネだ。


 両親の財産は相続しなかったし保険も掛けていなかったから、火乃香はほぼ無一文の状態。俺も裕福な生活を送っているわけじゃないから、高校生を一人養うのは正直キツい。こればかりは俺の我慢だけでどうにかなる問題ではないから、今一番に頭を抱える問題だ。

 そんなある日。仕事を終えて帰宅すると部屋の中からカレーの匂いが漂ってきた。食欲を刺激する香りに、これでもかと腹が鳴いた。


 「悪いけど、家の中にあった食材、勝手に使わせてもらった。何時に帰ってくるのか分からなかったから、すぐ温められるカレーにしたけど」


ツンと唇をすぼませながら、火乃香は呆気に取られる俺に説明してくれた。よく見れば部屋もピカピカに掃除されている。

 意外にもと言うべきか、やはりと言うべきか。火乃香は家事全般が得意のようだ。聞けば母親が一切家事をしなかったようで、小学生の時分からずっと彼女が家の事をしていたらしい。


 「一人暮らしだからって、ちょっとくらいは掃除しなさいよね」


と、保護者(仮)であるはずの俺の方が怒られた。そのチグハグさが何となくこそばゆくて、金の悩みなど消し飛び思わず吹き出してしまった。

 

 火乃香の作る食事はとても美味かった。それだけでなく食材の使い方も上手で無駄がない。俺も一人暮らしを始めた頃から節約生活を送っていたので、料理は普通に出来るつもりだったが、年季が違う。火乃香のお母さんが彼女に家事全般を頼んでいた理由もよく分かる。


 「これからは、わたしが御飯作るから」


キッチンで洗い物をしながら、火乃香が呟いた。

 ならばと1ヵ月分の生活費に5万円を渡したが、「こんなにも要らない」と2万円を突き返された。1日千円で2人分の食費を賄えるのだろうか。

 まあ、足りなければこの2万円も使って貰おう。もし必要なければ、この金で火乃香に服でも買ってやろうかな。

 

 嬉しい事はもう一つあった。


 火乃香が俺と一緒に暮らすにあたり、アパートの大家さん(年配の女性)に事情を話した。全て説明するのはややこしいので、『彼女は俺の親戚だが両親が事故で亡くなり、他に身寄りも無いので俺が引き取ることになった』という説明に留めた。大家さんは涙を流して火乃香の入居を受け入れてくれた。


 「色々と大変やろから、その子が成人するまでは家賃1万円だけオマケしとくわ」


とまで言ってくれた。ありがたい話だが、賃貸契約や管理会社も絡むことなので丁重にお断りした。


 「ほな、なにか困った事があったらいつでも言うておいで。ウチにご飯食べに来てくれてもエエし」


どこまで本気か分からなかったけど、親身になってくれた事は素直に嬉しかった。


 世の中、まだまだ捨てたものじゃない。


 自由や時間など失ったものは多い。でもこれが『人を養う』という事なのだろう。普通は赤ん坊の頃から子供を育てるのだから、生半可な覚悟では務まらない。


「せめて俺に嫁さんでも居たらな……」


そんな妄想を呟きながら、俺は今日も薬局業務に勤しむのであった。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------

多くの調剤薬局はお店みたく毎日決まった時間には業務終了とはならないわ。患者様がお越しにならなくなるまで開局している所が多いの。

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