第55話 要約すると他人が未成年後見人になるのは面倒でギリギリということですな

 「じゃあ、この書類を出せばOKなのかな」

『はい。問題ないかと』


木曜日の午前業務終わり。俺はアイちゃんに書類の書き方を教わっていた。その書類というのは無論、火乃香ほのかの未成年後見人になるための申請書だ。


 火乃香がウチの薬局を訪れた数日後、俺はすぐに役所へ行って未成年後見人になるため必要な書類を取ってきた。

 未成年後見人になるには家庭裁判所への申し立てが必要のようで、形式上は火乃香が申し立てをする事となった。

 そのために必要な戸籍謄本や両親の死亡届、財産に関する書類など、揃えなければならない物が多く結構な時間と手間を要した。

 他にも親族関係を証明する書類や収入の予定表、財産目録など調べなくてはいけない事が沢山あって流石に骨が折れた。

 こういった届け出や書類物は薬局の業務でも作成している。それなりに慣れているつもりだったが、思いのほか時間が掛かってしまった。アイちゃんが居てくれて本当に助かった。


 そうして未成年後見人の申し立てをした後には、家庭裁判所の職員(家裁調査官)による三者面談が執り行われた。


 内容は生活状況や本人の気持ちをはじめ、心身の状態や職業・経歴などの調査だ。

 どこか圧迫面接のような印象を受けたが、それも仕方のない話だという。なにせ俺と火乃香は義理の兄妹だが戸籍俺は赤の他人と見なされる。そのため後見人になるにしても、親族関係者や同性者、既婚者より調査が厳しくなるらしい。

 残念ながら俺はどれにも当てはまらない。よもや申請が受理されないのではと、俺は内心ヒヤヒヤしていた。けれど――


 「朝日向あさひな悠陽ゆうひは間違いなくわたしの兄です。血は繋がってないし馬鹿で優男かもしれないけど、わたしはこの人以外、保護者とは認められません」


――と、火乃香が調査官に後押ししてくれた。『馬鹿で頼りない』という一言は余分だったけど、嬉しかったのは本当だ。

 調査官も火乃香の意志を尊重してくれたようで、俺が後見人となる申請はなんとか受理された。


 御祝いとばかりに、その日は火乃香と二人で回転寿司に行った。寿司など人生で数回しか食べたことが無いらしく、火乃香も喜んでいた。

 ただ後見人に認められたのは。あくまでスタート地点に過ぎない。解消すべき問題はまだ山のようにあった。


 その一つが、親の財産だ。


 書類を作る上で、火乃香の親の財産に関して記載する項目があった。

 両親が死亡した際、その財産は原則として子供に相続される事となる。ただ残念ながら火乃香の母親もウチの親父も、財産らしい財産はほとんど残していなかった。

 僅かに預金くらいはあったが、それ以上に借金をしていたらしい。家財を売り払った所で、トータルするとマイナスになる計算だった。

 親の財産を相続する場合、基本的に借金も引継ぐことになる。マイナスになるくらいならと、俺達は相続放棄を願い出た。つまり「親の遺産を受け取りませんから借金も引き受けませんよ」というもの。

 

 遺族年金や生命保険なども改めた。だが火乃香の母親は生命保険に加入していなかった。日本の生命保険の支払い平均額は月3万円程度。保険料はピンキリだが、おそらく数千円の保険料であっても厳しかったのだろう。

 そんな彼女らを見兼ねて、親父が母と俺を捨てて出て行ったのだと思うと……少しだけ親父のことを許せる気がした。


 まあ、真相はどうか分からんけど。


 そして次の日曜日。俺と火乃香はA市にある彼女の家を訪ねた。そこは2DKの古びたアパートで、大人が3人で暮らすには手狭に感じた。

 ここへ来た目的は彼女の荷物を取りに来たのと、簡単な遺品整理を行うため。

 専門の人にアドバイスを貰ったところ、相続放棄をした場合、遺品の処理は慎重に行ったほうが良いとのことだった。もし相続放棄をしたのに資産的価値があるものを処分してしまうと、『相続の意志があるもの』とみなされる事もあるらしい。

 と言っても、火乃香の家にブランド品や芸術品のような資産的価値の高い物なんて殆ど無かった。


 火乃香の荷物にしても、大きめのトランクひとつとリュックに収まる程度で、本や人形など嗜好品の類は全くと言って良いほど無かった。

 写真や思い出の品もあまり無いらしく、必要な物は小さなポーチに収まったとのことだ。


 火乃香との生活では、出来るだけ楽しい思い出を残してやりたい……そう思った。


 そうして遺品整理は、あっという間に終わった。 

 この家に一緒に来るまでに、彼女には部屋の掃除や自分の荷物を纏めるように言っていたから、当然と言えば当然か。

 あとは依頼している遺品整理業者と、この部屋の大家さんに任せればいい。因みに今回は司法書士の先生にも色々と御願いした。随分と出費が掛かったけれど、こればかりは仕方ない。


 『費用』という言葉で思い出したが、今回の件はオフクロにも話を通している。

 火乃香がウチの薬局を訪れた翌々日、仕事終わりに俺は一人で実家を訪ねたのだ。


 オフクロには親父の再婚や死亡、そして火乃香の存在を伝えた。これには流石のオフクロも苦々しい顔を見せた。

 念のため火乃香とも会うか尋ねたが、「今はまだ会いたくない」と言われた。どんな事情があろうと火乃香に非はなかろうと、別れた夫の義娘と会うのは今は未だ難しいとのことだ。


 たぶん、それが普通の反応だろう。


 ただ「困ったことがあれば相談に乗る」と言ってくれたし、ありがたいことに今度の遺品整理や司法書士さんの費用も負担してくれた。


 「面倒かけてごめんな、悠陽」


帰り際、玄関先で告げられたオフクロの言葉に俺は上手い返しが出来なかった。

 帰りの電車の中でも暫く耳に付いて離れず、何故かは分からないけど何となく目頭が熱くなった。


 そんなこんなで、俺と火乃香の新生活がスタートしたわけだが、押し寄せる波のように次々と問題が浮き彫りになっていった。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


以前に片桐たゆねさんが言ってた通り、日本国内で発行された処方箋は同じ日本国内ならどこの調剤薬局に持っていってもOKなの!

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